宰相のうるさい声が去ると、ブライはため息をつく。
 最近読書も進まない。何かに集中しようとしても、ただあの日の微笑が脳裏に浮かび、なぜか 胸が苦しくなる。
(私は、王に賛成なのか?反対なのか?)
 城内の意見は大体、賛成2割と言った所。その賛成も大体下々の兵士だとか召使いとかである。力のある 権力者は軒並み反対をしめしていて、王の旗色は余りよくなさそうである。
「お前は私の味方をしてくれるか?」
 王は自分に泣きついてきた。
 自らが育ててきたと言っても過言ではない、もっとも身近にいて、もっとも仕えるべき国王の言葉に… ブライは頷く事が出来なかった。

 国王が連れてきた令嬢、ユーナは例えるならば小さな白い花。だが決して野に咲く花ではない気品を持ち合わせていた。
 性格も控えめで、賢く出過ぎない。たしなみもそなえた貴婦人の鑑のような女性だった。 王は余り好きではないようだったが、魔法王国であるサントハイム王国に相応しく、魔力にも 長けているらしい。良くぞ一ヶ月でここまで素晴らしい女性を見つけてきたものだ、と感心するくらいだ。
 今サントハイムはそれほど、財政も苦労していない。他国との仲もおおむね良好である。自分の娘や親戚が王と縁続きに なりたいと願っていた貴族や、他国と縁続きになり、より権威を深めたいと考えている遠縁の王族や、 ただたんに持参金があると、自らの財政も潤うとたくらんでやまない家来ではないブライにとって、 おおむね問題のない女性なのだ、ユーナ嬢は。
 なのに頷けなかった。何故だかはわからない。
「王よ、自らが見つけてきた姫君ならば、自らの手で花嫁になさるのが筋だと思われますが」
 その言葉がいつもどおり滑り落ちてきた事すら、奇跡のように思えた。
 反対したいわけではない。ユーナ嬢に不満がない。あの令嬢を見るまではむしろ心で楽しみにしていたくらいなのに…
 それは止めるのはただ、あの緋い瞳。あの瞳が忘れがたく、離れがたかったから。

「あら、ブライ様」
 書庫へ行く途中に話し掛けてきたのは、ユーナ嬢だった。
「ユーナ・レディル様。貴女のような方がこのような所へ…」
 多少もてあまされていたものの、一応は貴族で、王妃候補である。粗雑な扱いはできないと、一応上等の部屋を二階に与えられていた。 対して出会った場所は下々の者達が忙しく働く場所であり、少なくとも貴婦人が軽軽しく歩く場所ではない。普通の貴婦人は おとなしく部屋で刺繍をしたりして、部屋から出ないものなのである。
「わたくし、花を見ることが好きですの。ですが、戴いた部屋からは花は見えませんから…ですが、ここのお花はちょっと栄養不足の ように思いますわ。すこし、残念ですわね」
 飾られた花を目の前に少し寂しそうに言ってみる。そう笑うユーナからは、すがすがしい花の匂いがした。
 目をそらし、内庭に目を向ける。ここの庭師は今、外庭にかかりきりで、狭い内庭をおろそかにしているようだった。
「そうですな、また庭師に言っておきましょう。」
 そう言って、書庫へ入ろうとするブライを、ユーナはまた呼び止める。
「待ってください。ブライ様!」
「他になにか?」
「ありがとう、ございます」
「なにがですか?」
 およそ、礼を言われるような事をした覚えがないブライは、思わず聞き返した。ユーナは優しげに笑う。
「アーサーさ、いえ、サントハイム王と出会えたのは、ブライ様のおかげですもの。それに、ブライ様は私達の 味方であると、王が言ってくださったのです。」
 それだけ、お礼が言いたかったのですわ、そう可憐に言ってユーナは去っていった。


「王…どういうことですか?」
 深夜。人々が寝静まるのを確認するや否や無礼を承知でブライは国王の部屋へと押しかけた。
「ブライがここに来るのは何年ぶりかのう。まま、座れ。」
 のんきに言う王にブライはなお、怒りをぶつけた。
「一体どういうことですか、王!私は味方など言った覚えはありません!」
「ああ、ユーナが礼でも言ってきたか、とても礼儀正しい女性だからな、ユーナは」
 にやけ顔でのろける王に、ブライは脱力した。
「それで、どういうことなのです?」
「まあまあ、あせらずともよい、馴れ初めから全てを説明しよう」
 むしろ自慢したくてしょうがなかったのであろう王が、うきうきとブライに語り始めた。


「あのように手紙を置いて出て来たが、正直女性に当てなんてなくてな。まあ、一ヶ月ほどでみつからなかったら、それは もうあきらめて、宰相らが令嬢の中からいいのを見繕って結婚しようとは覚悟を決めていたんだが…」
「王…下賎のものではないのですし、国政にも関わる事なのですから、見繕うと言うのは…」
「しかしだ!自分の将来の伴侶だ!せめて自分に出来る限りのことがしたいと思ってな。…ブライもいつもそう言っていただろう。 『自分に出来る最善の事をしろ』と。」
 そう、いつも言っていた。『人の世とはつねに善悪裏表です。誰かにとってよきことは誰かにとっていやな事になります。 絶対の正義など、ありません。だからせめて自分に自信を持ち、自分のできる限りのことを精一杯しなさい』と。
(だが、その教育がこの結果…)
 そう唸るブライに気づかず、王は話を続ける。

「計画通り、私は旅の扉を抜け、エンドール領地にたった。国内ではすぐに見つかってしまうからな。だが…エンドールの娘は いかん。あれはけばいか、白粉くさいかどちらかだ。」
「まあ、貿易国ですし…物資は豊富ですから…」
 王が女性を称するのに相応しくない言葉に既にブライは頭を抱えた。エンドールの王子とは仲が いい故の戯言だとはわかっているが、もうちょっとまともな表現はないものか。明らかに 王の品位として相応しくない。
 王は幼い頃から、帝王学に熱心になり、武芸にも長けていたが、詩学は好まず、ブライも余り得意でないゆえに 放置しておいたつけが、今ここに来たようである。
「そこでだ、こんどはそこから北へ向かったんだ。しかしボンモール城へ行く途中に迷ってしまった。」
「だからあれほど他の地域の地図も暗記してくださいと…」
「うむ、あのときほどブライの説教が響いた時はなかったが、その森の中でユーナに出会ったのだから、 むしろ学ばなくても良かったのだろうな。」
 どうやら反省をしていないようだ。
「そのときのユーナは、まるで花の妖精のように美しく可憐だった。滑らかに流れる生き生きとした栗色の髪、花のような緋の瞳、 その肌はあくまで白く、柔らかに陽の光に照らされていてな、持っているハーブの花束はまるでユーナを彩るかのように…」
 前言撤回。どうやら王は、ひそかに詩学もたしなんでいたようである。
「それはいいです、王。」
「おお、そうだった。とりあえず私は、サントハイム地方の小貴族として自己紹介をしてな。それから 毎日逢いに行って…まあ、その口説いたんだ。」
「ずいぶん早い決断ですね…王妃は王国の品位と、将来を決めると言っても過言ではありません。そのような 一目ぼれ何ていう不確定なもので定めるのは感心しません。」
「いや、私の目は確かだ。ユーナは真に王妃に相応しい人間だと、私が断言しよう。」
「いや、そう申されましても…。」
 困ったブライに、王はまた話を元に戻す。

「ああ、ユーナの礼の話だな。実はお互いの気持ちを確かめ合って、プロポーズする時にな、ユーナの 親の前ではっきりと、自分の身分を明かしたら…その、大混乱になってな。」
 それはそうだろう、ブライは思う。
 自分と同じくらいの身分だと思っていた人間が、決して小さくない王国の王で、なおかつ自分を王妃にと望んで いるのだから。
「レディル氏は恐れ多いと言いながらも大喜びしてくださったのだが…困った事に それを聞いてユーナが部屋に閉じこもって出てこなくなってな。『自分のような者が たとえ王様に望まれたとは言え、城へ出向いたりしたら、私はもとより父も罰せられます。 全ての国民が私をそしり、恥知らずとののしるでしょう。 私も、アーサー様にまで奇異の目を向けるに決まっています。』と言って出てこない。 無理やり開けようとしても…その、ユーナはなかなか魔力の使い手で…」
「はあ」
 すでにあきれ果ててそれしかいえなくなっていた。
「嘘は言えなかったからな。反対される事は覚悟の上だと、それでも私の妻はユーナしか居ないといったが、ユーナは 頷いてくれなかった。そこで『確かに反対されるだろう。けれどいつも自分の側にいて味方してくれる 者もいる。必ず、私とユーナの力になってくれる。私が今ここにいられるもの、その者のおかげだ』と言った。」
「それが、私のことだというのですか?」
 王は頷き続ける。
「もしも、その者が自分の味方をする気がないのならば、とっくの昔にここに兵が来て、私を連れ戻しているはずだから と。だから孤立無援ではない。その者、ブライはユーナ、貴女と一緒に早く国へ帰るのを待っているはずだから、 そう説得して、やっと部屋を出てくれたんだ。」
 たしかに、自分は王の脱走の一端を担ったものである。探索を妨害した事実も否めない。しかし。
「勝手に応援すると決め付けられるのは困ります。」
「おまえも、反対するのか?」
 不安そうにみつめる王に叱責する。
「王たるもの、不安を臣下に見せるのはよくありません。賛成反対は…ユーナ様の素質次第です。」
 それだけ言うと、ブライは部屋を出て行った。


 本当は短編のはずだったのですが…10ページを超えそうだったので「星を導く〜」 にのっとって3ページずつの続き物にします。多分3話か4話くらいで終わります。
 クールな若かりしころのブライ、という設定は非常に珍しいと思います。王様とブライの年の差は15歳 くらいじゃないかな、と思っています。
 逆にそう考えると、アリーナとクリフトにそれほど年の差がないのが不自然なのですが…最後の方でその事も 出てまいりますので、クリアリがお好きな方は少し楽しみにしてくだされば嬉しいです。
 ちなみにこれは番外編です。外伝とは「本編から漏れたもの」であり、番外編は「ストーリーと関係あるけれど、 本編とかけ離れた例外的なものである(今回の場合時間軸が離れてます。)」これは裏話に近いかもしれません。

 では、短い連載ですがお付き合いくださいませ。

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