それはまるで湖に浮かぶ、一輪の花のように
第二話 物語にのせて


 困った事になった。ブライの感想はそれだった。
(これでは反対するわけにはいかないではないか…)
 そこでハッとする。自分は、反対したかったのだろうか?たった二度、会っただけだがユーナ嬢は 若く麗しい。礼儀もあり、女のたしなみ、教養もあるようである。 王にはあまりなかった魔力を備えていることで、魔法王国として誇りを持っている 人間にも好評だろう。もちろん王を立て、その側にいたいと 願うたおやかな女性でもある。少し低い身分以外は問題がないのだ。
 身分で反対するような人間には余りなりたくない。だが、自分は妙に反対する理由を探してはいなかっただろうか? 認めまい、としていなかっただろうか?
(何故だ…?王の熱愛ぶりは決まっている。もし、王妃として認められなくとも、愛妾にするほどの…)
 そこでブライはハッとした。
 愛妾。それは名誉とはいえ日陰の身だ。身分も低いとなればちゃんとした身分の王妃を常に敬い、 立てなくてはならない。そして…おそらくその新たな王妃は、ユーナ嬢より愛される事はないだろうから… 冷たくされる事は必至だ。
 そんなことはさせられない、決して。
 ブライは立ち上がり、明日のための策を練り始めた。


「ユーナ様、少々よろしいでしょうか?」
「はい、ブライ様、わたくしに何の御用でしょう?」
 王室の書庫から借りてきたらしい本から眼をあげるユーナ。王妃に相応しくなる為、 サントハイム領土の知識を身に付けているらしい。
 できるだけ無表情を保ち、ブライは言った。
「少々付き合っていただけますか。」

「ここがサランの街ですのね。アーサーがよく抜け出してこの街に来ていた、と聞きましたわ。」
 城から抜け出すのが難しいと言うのは魔法使い以外の意見だ。ちょっとベランダに出てルーラを唱えればあっという間に、 サランにつける。
「書物も結構ですが、やはり直に見るのが一番でしょう。まずは教会へ行きましょう。」
 今はブライとユーナの二人きりだった。それを見られてはまずいのだ。身を隠すようにこそこそと教会へ入る。
「ようこそいらっしゃいました。」
 神父が挨拶をする。
「お初にお目にかかります。わたくし、ユーナ・レディルと申します。」
「こちらは次期王妃様だ。」
 ブライが言い添える。ユーナは嬉しそうにブライを見た。
「お話は聞いております、ユーナ様。それで、お祈りでしょうか?」
 少し考え、ユーナが答えた。
「いいえ、わたくしは街を見て回りたいと思いますわ。」
「そうですか、では神官に頼んで護衛をつけましょう。」
 その後神父としばらく打ち合わせをし、ブライは夕方に迎えに来ると約束をしたのち、サランを去る。
(あとはユーナ嬢の器量しだいだが…)
 その結果はブライには既に見えている気がして、ため息を一つついた。

「まったく素晴らしい心の持ち主です、ユーナ様は!」
 迎えに行ったブライを待ち構えていたのは、神父の歓喜ともいえる声だった。
「サランの歴史にも通じ、貧しい人にはためらわず声をかけ、自分の昼食を迷うことなく分けていらっしゃいました。 このように素晴らしい心をもった方は、神官でもそうそうおりません!」
「そのユーナ様は?」
「ただいま外で、子供達にせがまれ、読み書きを教えておられます。」
「神父殿!次代の王妃にもし何かあれば!」
 ブライはそういうや否や飛び出した。ユーナ嬢の心には感服するが、サランにも貧しく、そして得体の知れない 浮浪者がいる事は確かなのだ。
 あせって扉をあけ、教会の近くを見ると、橋のふもとに子供達の姿が見えた。
 そして、その真ん中には、夕日に照らされて輝いている女性がいた。
 それはとても暖かく、麗しかった。子供達はすこし裕福そうな子もいれば、小汚いと言える子まで様々だった。 その子達が全てユーナの方を向き、楽しそうに読み書きを教わっている。
「まあ、ブライ様。迎えに来ていただいたのですね。ごめんなさいね。もう行かなくてはいけないわ。」
 にっこり笑って言うユーナに、子供達は残念そうだったが、実際日も沈もうとしている。 各々の帰る場所へ駈けていった。

 その様子を、ただブライは眺めていた。ブライを冷たいと称している城の者が見たらさぞ驚くだろうと言うほどの 顔だった。
「ブライ様。お待たせいたしましたわ。とても楽しゅうございました。ありがとうございます。」
 近づいてにっこりと礼を言うユーナの言葉に、ブライはやっと我に帰る。
「それは結構でしたが、ユーナ様。王妃ともなろうお方が、たった一人で民衆と交わるのは 余り感心できた事ではありませんよ。」
「あら、でもとてもよい子達でしたわ。それに、この民衆がアーサー様を支えているのです。」
 感服だった。ブライの予想を遥かに越えて、本来の目的を、ユーナは果たした。

 宰相たちがこだわっている理由は「後ろ盾」だった。王国であり、貴族であり、そういう強い後ろ盾が ないことを理由に、ユーナは王妃として相応しくないと言われている。
 ならばその後ろ盾を作るのみ、とブライは考え、民衆を後ろ盾にする事を選んだ。民衆大部分の意思がユーナを 王妃にする事ならば、それに逆らうのは得策ではないからである。


 ブライはその後、テンペやフレノールにも王妃に足を運ばせた。そしてそれと同時に、旅の吟遊詩人 に王とユーナ姫の恋物語を語らせた。そして、これは瞬く間にサントハイム領土に広がる。民衆は 人の恋愛話…それも身分違いの熱烈な恋が好きなものなのである。

 気がつくと、サントハイム領土は、王とユーナの恋模様一色となっていた。まして、 そのユーナ姫は美しく優しくのだからなおさらである。人々は、王の結婚式を心待ちにするようになっていた。


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