「困った事になった。」
 宰相がブライを部屋に呼び、真っ先に切り出した。
「王の熱は冷めん。そして…いつのまにか民衆が盛り上がっている。もしこれで他の王国の 姫などの輿入れを発表しようものなら、暴動が起こらん勢いだ。」
 当たり前だ。ブライがそうなるように仕込んだのだから。
「実際ユーナ様は優れた方ですから。早かれ遅かれそうなるのでは、と危惧しておりましたが。」
 いけしゃあしゃあとブライは言ってのける。
「それともなにかユーナ様に問題でも?王も恋愛熱に浮かされずに、真面目に国政に取り組まれてますし。」
 バン!と宰相が机を叩く。
「お前はユーナ嬢の輿入れに賛成なのか?!反対だと言っておっただろう!!」
「宰相様、勘違いなされては困ります。私は王を正しい方向へ導くのが仕事です。ユーナ様を迎える事で、 王が正しい方向へ向かうのならば、私は王に異を唱える事は致しません。」
 そう、既に手遅れなのだ。転がりだした岩は、誰によっても止める事は出来ない。
「既に他の王国にも広がりつつある。いまさら縁談を持ち込んでも了承してもらえぬ…」
「それほどまで、ユーナ様は王妃に相応しくないとでもおっしゃるのですか?」
 ブライの言葉には熱がこもっていた。冷たいと言われたブライらしからぬ事だった。
「どうした、ブライ?お前らしくないな。 いいや、実に優秀なのだ。多少庶民的なきらいはあるが、非の打ち所もない…だが…」
「……ならばお許しになられては如何です?」
 その言葉が、なぜか喉に引っかかる。
「ううむ…だが…」
 今だに唸っている宰相。その表情は非常に奇怪だった。そして。
「もしや宰相…ユーナ様に嫉妬してらっしゃる…?」
「ああ、そうだ!私が王に相応しい方をぜひとも探そうとしていたのに!」
 笑いがこみ上げる。そして
「ブライ?」
「ははははははははは!!!」
「ブ、ブライ?」
 いぶかしむ大臣を置いて、ブライは喉がかれるまで笑った。

「お、お前が笑うなど…雪でも降るのか?」
「いえ、失礼しました。宰相様の忠誠に感動しまして…」
 まだ少し笑いが残る顔。宰相も笑った。
「いや、珍しいものを見せてもらった。…ユーナ様のおかげかも知れぬ。」
「宰相?」
 宰相の声に優しさが灯った。
「王は幸せそうだ。ユーナ様も…国民に潤いを与えてくださっている…私のつまらぬ心で王を 困らせてはいかんな…」
 ツキン。ブライの胸に棘が刺さる。一縷の望みがあったのだろうか。だが。
「やはりお前の言うとおりだ。王がよき方向へと向かうのならば、わしが反対するのは 間違っているのだ。」
 この道は、間違っていない。
 たとえ、胸の奥が鈍く痛んでこようとも。


「やはりお前は頼りになるな!」
 宰相までも乗り気になりだしたとあって、貴族達も意見を徐々に意見を変え始めた。
 勝ち目がない争いをして、王の不興をかっても何の得にもならないからである。
 事実、民衆は既に新たな王妃を認め、楽しみにしている。それに異をとなえ自らの 領民達が働かなくなっても困るのだ。
 そうして徐々に風向きが変わり始めて、王は大喜びしているのだ。
「聞くと、ユーナに町々をめぐらせ、味方につけたらしいじゃないか。うんうん、やはり困った時にはブライだな。」
「…どなたにお聞きになられました?」
 自分が連れ出した事は、黙秘にしているはずなのだ。それは 王妃となるユーナ嬢の評判に関わる事だからである。
「ああ、ユーナが嬉しそうに教えてくれた。感謝しておったぞ。」
「御前失礼します。」
 即刻引き返す。ユーナのいる場所はわかっていた。おそらくまた、内庭のあたりにいるのだろう。
「あら、ブライ様。」
 花壇の前に座り込み、貴婦人にあるまじき手をしたユーナがにこやかに顔をあげる。
「ユ、ユーナさま、なにをしてらっしゃるのです!!」
「何って、花の手入れですわ。」
「それは判っています!そうではなく、どうして貴方がこんなことを!何のために庭師がいると思っているのです!!」
「庭師さんとお話して、ここをいじってもいいとおっしゃってくださいましたの。ですからわたくしがこうしているのですわ。」
 手近な場所で手を洗いながらけろりと言うユーナ。
「ユーナ様。貴方は次期王妃になられる高貴なお方です。その自覚をお持ちになってください。王妃たるもの 庭いじりなどするべきではないのですよ。」
「あら、高貴な女性のたしなみには、花を愛する事は欠かせませんわ。」
 それは、窓の外に植わっている木であり、いけてある花の話である。高貴であればあるほど、上手く花をいけられる召使いを好み、 他の女性の花のセンスを褒める事はしても、自らが花に触る事はないのである。
 ブライは一瞬絶句した。もうユーナに何も言う事ができなかった。
「まったく庭師も何を考えて、次期王妃に庭をいじらせる事など提案したのだ!ただの庭師に その様な事が許されると思っているのか!」
 即刻首にする、といわんばかりのブライを、ユーナはしっかりとした意思で止める。
「お待ちになってください、ブライ様。どこへいかれるおつもりです?」
「庭師の所に決まっています。」
 ブライの冷たい声にまったく押されえることなく、ユーナは言う。
「それは筋違いですわ。次期王妃の御願いに、ただの庭師が逆らえるわけがないじゃありませんか。 わたくしが無理に御願いしたんですもの。庭師さんを責めるのは間違っています。」
「ですが、こういうことには決まりがあります!」
 余りにも判っていない言葉に、ブライは声を強めた。だが、ユーナはブライの怒りの炎を 一言で消した。
「上の人間のわがままを下に押し付けるのが決まりですの?下の人間がわたくしたちに便利な 生活を与えてくださって、わたくしたちが、そのお礼に下の人間を守ってあげるのです。決まりの世の 仕組みも、そのためにあるのでしょう?」
 ブライは黙り込んだ。
「ブライ様は庭師さんがここにかまけていないとおっしゃいました。ですがそれでも庭師さんにとって、庭は子供のようなものですわ。 それを誰かの手にゆだねるのは、とても不安だったに違いありません。次期王妃のわがまま だからこそ、しぶしぶお応え下さったのです。」
 それはまさしく、民衆が求める王族そのものの発言であり、理想であった。
 麗しい姿から、初めて感じた威厳に、一瞬ブライは押された。
「ですからブライ様、落ち着いてくださいませ。わたくしに何か御用だったのでしょう?」
 その言葉でハッと我に返るブライ。咳払いをしてユーナに向き直った。

「そうです、ユーナ様。私と共に町に出た話、どなたに話されましたか?」
「とりあえずアーサー様だけですわ。」
 ほっと息をつくブライ。だがまたキッとユーナをみつめた。
「それは良かったです、が、うかつに話していいことではありません!どこから漏れるかわからないのですよ! そうなれば不貞行為と見なされてもおかしくありません!王とてもしや誤解されたらどうなさいます!」
「ブライ様が、その様なことされるわけがありませんわ。アーサー様だってわかっておりますもの。」
 無垢な笑顔で笑う。
「民衆や貴方を落としいれようとする貴族はそうは思いません。その行為を苦々しく思っている者はたくさんいるのです。 判っておられますか!?」
 ユーナの次の台詞に、ブライは撃沈した。
「ですが、そうなってもきっとブライ様が助けて下さいますもの。」

「あっはっはっはっはっは!」
 固まったブライをほぐしたのは、笑い声だった。
「アーサー様…」
「王、こんな所に…そろそろ午後の業務が始まる時間でしょう。」
「いやいや、いいものを見せてもらった。城一のクールな切れ者、ブライを ユーナが言い込めるとはな。」
「いやですわ、ずっと見てらしたのですね。」
「いやいや、さすがユーナだ。惚れ直したぞ。」
 そう言って幸せそうに話す二人。その横で頭を抱えるブライ。
「まったく王まで…何を考えているのですか…」
「いやいや、二人とも、お前を頼りにしているのだよ。」
「ですが…」
 そういい渋るブライに、王は自信満々に言う。
「いいではないか。お前にもユーナの素晴らしさが判っただろう?」
「ええ、それは認めますが…」
「ユーナのいいところは、おそらくお前の嫌う行動を押さえ込んでは一緒に消えてしまうだろう。 全てをくるんでユーナなのだからな。」
 そう言って笑う王の横に、幸せそうに立つユーナ。それはとても美しかった。
 その事が、何故だか嬉しかった。


 
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