ついに、結婚前日となった。城全体があわただしい。
 ブライは、誰よりも働いていた。準備する王の公務の手伝いや、式や披露の宴の準備などに 誰よりも貢献していた。
「あのクールなブライ様も、王の結婚となると違うのですね。」
 召使いやらにさんざんと噂される。だが、違った。
 自分の中に秘めた混沌とした思い。それを少しでも忘れるため、寝食を忘れて動いていたかった。
 胸の中のうずきを。心に咲いた緋い花を。忘れるためだけに働いていた。
 その花を手折ることなどできないのだと、判らない思いに蓋をした。。

「ブライ様。」
 こっそりと廊下の影から声がした。びくっと反応し、それから恐る恐る振り返る。
「ユーナ様…明日の主役が、一体何をなされているのです…」
「ごめんなさい。けれど、どうしても伝えたい事があって…」
 どうやら打ち合わせの最中に抜け出してきたのだろう。式練習用の白いドレスだった。
「ユーナ様。夫婦は似てるほうが上手くいくかもしれませんが、そんなところまで真似をしなくても よろしいのですよ。」
 そういうとユーナはくすくすと笑う。
「わたくし、いつもブライ様を怒らせていますわね。」
「いえ…王が良いと言うのですから本当はかまわないのでしょう。失礼しました。それでご用件は…?」
 この国でもっとも高貴なる女性となる方。その人間が、ブライに向かい頭を下げた。
「ありがとうございます、ブライ様。」
「ユ、ユーナ様!私などに頭を下げるなど!」
「いいえ、ブライ様。」
 ユーナはじっと、ブライをみつめる。胸が、苦しかった。

「わたくし、ずっと不安でした。」
 ブライは、ずっと緋い瞳に縛られていた。
「アーサーがどう言おうが自分はこれから、作り笑いに包まれた嫌悪感をぶつけられるのだと、覚悟して、 それでも恐ろしくて…わたくし、大きなお城を見たときに逃げ出そうと思いました。」
 言葉では判らない、人の悪意を受けるのだと。これから先、アーサー以外誰もあてに出来ないのだと。 足の震えが止まらなくて、しっかりとアーサーの袖を掴んだ。
「城門から中へ入ったとたん、兵士さんが出迎えて……そして、わたくしを見て、態度には出されませんでした けれど、とても不審そうな顔をなさいました。」
 もう、帰ろう。アーサーのことは好きだけれど、どうしてもここでやっていく自信がない。そう、ユーナは 思った。
「そう決心した時ですわ。階段から若くて少し冷たそうですけれどハンサムな殿方と、少し太った、わたくしの 父親くらいの年齢の殿方が降りてくるのが見えましたの。わたくし、もう怖くて…」
 ハンサムな殿方とは…やはり自分のことなのだろうかと、ブライは心で汗をかく。
「そのハンサムな殿方がとても優雅に礼をしてみせて。わたくし思わず見とれましたの。 そして…いきなりアーサーが家出したことの嫌味をおっしゃられましたわ。」
 ちょっとぶっきらぼうな顔。それでいて、その言葉の意味が、相手にちゃんと伝わるだろうと言う信頼と 確信。
「言葉で判らない悪意があるなら、言葉ではわからない信頼や愛情が、確かにあるのだと、わたくしそこで 初めて気がつきましたの。」
 そしてすぐに、その人物がアーサーが言っていた「味方」なのだと気がついた。
「そしてその方は、わたくしを見た瞬間、表情を取り繕う事もせずに、呆然となさいましたわ。 ああ、この方は自分に嘘はつけないのだと、そう思うとほっとしましたの。」
 その人はとても冷たいと。表情を動かさず冷酷に物事を運ぶ。まるで人形のようだと、城では恐れられ、噂されていた。
「ですが、わたくしには信じられました。その方はいつもわたくしの為に一生懸命になってくださいました。 元気を下さいました。その、嘘がつけない表情で。」
 ああ、もう駄目だ。
 本当はずっと気がついていた。
 自分は、初めて逢った時から、この緋い瞳に魅入られていたのだと。
 この人を、愛しているのだと。

 いつもまっすぐに自分を見返すその心が。砂金のように光る、その命全てが、愛しかった。
 蓋をしていた想いは、あふれ出て、のどの上を通る。
「わたくし、ずっとブライ様に支えられておりました。ブライ様がいらっしゃらなかったら、わたくしきっと、毎日 泣いておりました。」
 そう笑って言う女性が、余りにきれいで。
「ブライ様、これからも、ずっと側にいて下さいましね。」
 口から飛び出しそうになる。想いを隠せなかった。この人に、この想いを伝えないと、自分は死んでしまうのだと。
 私は、初めて逢った時から、貴方を愛していました。
 その言葉を…
「アーサー様と、わたくしの側に。」


 そのあとのことは、覚えていない。適当に言葉を述べ、できるだけ早くその場を後にしたような記憶が頭の 隅から出てきたから、おそらくそういうことなのだろう。
 何をしているのだ。この人は明日、己が使える主人の花嫁となる人なのだ。
 想いを伝えても、それは自分にも、ユーナにも、王にも害にしかならない。
 この想いは、害でしかない。

 いっそ、想いに焼かれて死んでしまいたかった。吐き出す事も、飲み込むことも出来ない。封じる事も。
(だが、今ここで自分が死ねば、結婚は中止されるだろう。そうすればユーナ様の顔にも、 翳りが見られるだろう…)
 それは嫌だった。笑っていて欲しい。いつだって。それだけの為に今まで、この想いを封じてきたのだから。
 雨が窓を打つ音。どうやらきつい雨になりそうだった。
 ブライは、灯りもともさず、ただ座っていた。
 生きることも、死ぬことも出来ないような気がした。
 ここでミイラになってしまいたい。そう思った。

 かつて、自分の心は氷の湖だった。
 緋い、緋い花が空から落ちてきた。
 その波紋が、湖の氷を、全て溶かした。
 とても滑らかに、心が動く。冷たくも、暖かい水。
 今は、その動く心が嫌だった。
 凍ったままなら、動かない心なら、これほどにもいたまなかったのに。


 風が出て、木の葉が窓の横を通る。黒い雲が空を覆い、やがて遠くに雷鳴が聞こえる。
 自分の心にぴったりの嵐。相変わらず明かりはつけないまま、ブライはぼんやりと外を見ていた。
 緋が見えないことを嬉しく思っていた。
 城がにわかに騒がしくなった。明日の結婚式は豪華な山車に二人が乗って、民衆に姿をさらす予定だったが、この雨だと どうなるかは判らない。花で飾られる山車を、おそらく守るのに皆は必死なのだろう。
 知った事か。明日の事なんて。
 中止になれば良いとは思わない。だが、もう積極的に式に携わるのは嫌だった。

 巨大な雷鳴。上がる悲鳴。それをただ、ぼんやりと感じた。
(雷鳴が神の戒めだと言うのなら、その戒めは私の心に対してなのだろうか… ならば、いっそこの身を貫いてくれたら良い。神も気の効かぬ。)
 きぃ…扉が開いた。けだるそうにブライは扉の方を見た。意外なことに廊下にも灯りはついていないようで、 光は差し込まなかった。油が切れたのだろうか。
 扉の向こうに人影が見えた。
「どなたですか…私は今気分が優れないのです。退室を…」
 おざなりに答えると、その人物はそっと扉を閉めた。
「ここも灯りが付いておらんのか。好都合だな。ブライ、私だ。」
 雷鳴が、室内を照らすと、そこには大きな袋を抱えた、自らの主君がいた。


 …アリーナの性格は父親似だと思ってたんですが、意外とユーナ似なのかもしれん、アリーナ。
 というかブライさん、年をとるに連れて、ユーナさんを美化してるんじゃないか。 なんだかんだいって、アリーナと違うタイプのおてんばさんだぞ(笑)困ったもんだ。
 なんだかよくわからない引きのまま、三話へ続きます。

 
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