それから5年余りは、御伽噺のように過ぎていった。
 王妃をともなったサントハイム王はすばらしい治世を国を豊かにし、 王妃とともに民衆に愛された。
 人々は、毎日笑い、国全体に春が来たようだった。

 そして、二人にはじめての子供が生まれる。それは可愛い女の子だった。
「よろこべ、ブライ。お前の孫が生まれたぞ、女の子だ。」
 王は真っ先にブライに報告をした。
「王、顔が崩れておりますよ。…おめでとうございます。それで御名は?」
「アリーナとつけた。良い名だろう?」
 アリーナ。それは良い響きだった。
「ええ、大変良い御名でございます。王が命名されたのですか?」
「いいや、ユーナだ。顔立ちもユーナにとても似ている。きっと将来 ユーナのように美しく、可憐な貴婦人に育つのだろう。」
「そうですね、姫様でしたら、ぜひとも王妃様に似ていただかなければ。」
「…なにか言いたい事がありそうだな。」
 ブライはしれっと言う。
「王のように城を抜け出すようになってしまっては困りますから。」
 そう言われ、王は黙る。
「まあ、元気が何よりでございます。幼いうちは特に身体が弱りがちでありますし、 ユーナ様も産後は体調を崩しやすいと申します。お気をつけくださいますよう。」
 王は頷く。
「うむ、すでにユーナは国の宝だからな。大切にせねば。」
 そう言って、顔を赤らめて笑う王を見て、確かに自分は幸せだと思った。
 あの時、想いを告げていたら、今の幸せはなかっただろう、とブライは笑う。

 アリーナ姫は、ユーナに良く似た緋い瞳と栗色の髪をしていた。
「ブライ…見に来てくださったの…」
 ベッドに横たわったユーナが顔をあげる。
「王妃様、お体の具合は如何ですか?」
「ええ、大丈夫よ。…ブライ、貴方にお願いが在るわ。」
「なんなりと。」
「この子の教育係を引き受けて欲しいの。」
 ブライは少なからず衝撃を受けた。教育係は、王とブライのように同性で、せいぜい年が離れていても 20歳くらいなのである。
「ブライには王の補佐があるのはわかっていますわ。他にも、もう一人教育係をつけても かまいません。ですが私は、この子にアーサーのように育って欲しいと思っているのです。」
 それは、とても名誉な話だった。
 それに、信頼されていると言う事がとても嬉しかった。
「謹んで、拝命お受けいたします。」
 新たな、宝物を眺めると、その宝物はにこりと笑う。
「ですが、姫様が本当に王のようになられてしまうと、それはそれで困ってしまうかもしれません。」
 そういうと、ユーナは声を立てて笑った。


 そこから4年余りは、宝石のような日々だった。
 王はますます張り切って仕事をし、王妃は姫をあやしながら、趣味の園芸にいそしんでいる。
 姫は少しずつ、だが確実に大きくなっていく。笑い、はしゃぎ、遊ぶ。

 だが、その幸せはつかの間のものだった。
 王妃が床に伏したのだ。


 一進一退を繰り返しながら、徐々に王妃の体力を蝕み、病いが容赦なく王妃の身体を責める。
「助けてくれ…頼む、ユーナを助けてくれ・・・・・・・」
 最愛の妻にずっと付いていることは、王には叶わない。ブライに出来ることは、優秀な医者と神官をあてがい、 出来る限り王の仕事を肩代わりしながら、姫の面倒を見ることだけだった。
「頼む・・・ユーナ…」
 王は半ば狂人だった。それでも人前ではちゃんとしていたが、側にいる分だけ、王妃の身体がどれだけ悪いかわかるのだ。
 だが、王妃はいつも微笑んでいた。どれだけ辛いときでも、苦しい時でも、弱音一つ吐かなかった。
 国中の皆が、祈っていた。王妃の体調が回復するようにと。
 そして、来て欲しくなかった結末が来た。


 4歳になったアリーナ姫は、まるでユーナ王妃の生き写しのようだった。
「ブライ…お母様が呼んでるわ。」
 ここに入る前は泣き叫んでいたアリーナ姫が、今はむしろ微笑みながらブライに話し掛けた。何を 話したかはブライには…いや、誰にもわからない。今まで姫と王妃は二人きりだったのだから。
 それでも、ブライにはそんな事はどうでもよかった。ただ、王妃の部屋へと入る。
「ブライ…よんでしまって…ごめんなさい…」
「王妃様…お話になってはいけません!」
「いいの・・・ブライ、わたくしの体調は…もうわかっているのです…」
 王妃はやせ細っていた。抱える手も、哀れなほど細く、美しかった容色は既に失われていた。
「あきらめにならないでください…王妃様がお亡くなりになられたら…王と姫がどれほど嘆き悲しまれるか…」
 ブライの言葉に、王妃は首を振る。
「…これが宿命だったのです、わたくしの…」
「そんな事はありません!…王妃様は、王妃様こそ幸せになられる方です!」
 王妃はやせこけた顔で笑う。
「わたくしは…幸せでした…。愛する人と、結ばれて・・・こんなわたくしですのに、皆に 受け入れられて…可愛い娘も、できましたわ…」
「王妃様…」
「こんな幸せ者、他に…いませんわ…わたくしは、幸せ者です…」
「そんなことはありません!王妃様は、もっともっと幸せになれる方です!」
 そういうブライの手を王妃は握り締める。その手も、すでにミイラのようになっていたが、 ブライは美しいと思った。
「ありがとう…と伝えたかったの…貴方にはどれほど礼を言っても足りないわ…」
「いいえ、私は、何も出来ませんでした…」
 この手を守る事も。何も出来なかった。
「アリーナを、頼みます。わたくしたちの可愛い子…」
 ブライはやせこけた手をしっかりと握り締める。
「はい、かしこまりました。」
 そうして、ゆっくりと手を離す。王妃は疲れ果てて、そのまま眠った。
 顔色も悪く、やせこけて、老人のような顔。
 それでも、ブライは美しいと思った。


 それからまもなく、王妃は、この世から旅立った。
 王がたった一人、それを看取った。


   
戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ

   
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送