王と姫は、はるばるエンドール地方の端にある、王家の墓へと王妃を埋葬しにいっていた。 ブライは参列しなかった。
 その資格はないし、覚悟もなかった。
 解けた氷は戻らない。出でた気持ちもなくならない。
「ユーナ様…」
 そうつぶやく。
 細い体、か細い声。それが余りにも哀しく、辛かった。
 どうして、あの方が死ななくてはならなかったのだろう?よりにもよって、どうして ユーナ様が死ななければならなかったのだろう?
 ただその疑問を、暗い部屋の中で考えた。
 告げられなかった想い。幸せだと笑っていた哀しい顔。
 重く沈む想いを、せめて今だけは。


 王妃が無くなり、そのことを国民に告げても、国政は行わなくてはならなかった。
 王はどれほど辛かっただろうか。事実、書類を書きながら、突然うめいたり、泣き出したり する王を見て、ブライはつらかった。
 だが、ブライは一度も泣かなかった。泣くわけにはいかなかった。泣いてしまえば、想いが 抑えられなくなりそうで。

 国全体が沈んでいた。兵士も、料理番も民衆も、王妃を愛していた。
 笑う事もなく、国全員が喪服を着ているようだった。

 そんな中、第一王女アリーナだけは、いつも笑っていた。
「ブライ、こんな所にいたの?」
 アリーナは明るく、ブライに話し掛ける。
「少しね、わからない所があるの、教えて欲しいの。」
 明るく、健康的に笑うアリーナ姫。
 それを見ているのが辛かった。ブライはまともに目をそらす。
「…もうしわけ、ありません。今他の仕事に取り掛かっておりますゆえ、他の先生にお聞きになっていただけますか。」
「…そっか。ごめんね、ブライ。」
 輝くような笑顔で立ち去るアリーナ。それをみて、ブライはため息をつく。
 あれは王妃ではない。判っている。判っているはずなのに。
 死んだはずの王妃が健康的に笑っている。
 王妃は死ななくてはならなくて、そっくりのアリーナ姫は生きている。幸せそうに笑っている。
 そう思う自分も辛かった。だが、止められなかった。

 王はさらに辛かったのだろう。『忙しい』という理由で食事は常に別に取り、アリーナとすれ違っても おざなりな挨拶だけを交わし、去っていく。
 そして、他の人間も同じだった。そっくりのアリーナを見るたびに、死んだ王妃を思い出し、辛い思いをする。
 結果、アリーナはいつも一人だった。それでもアリーナは明るく笑い、人々に語りかけた。
 だが、それにかまう人間は、一人もいなかった。

「ブライ、遊んで欲しいの。お勉強終わったの。」
 いつもアリーナは幼い笑顔でブライに話し掛ける。それが、辛かった。
「…残念ですが、時間の都合がつきません…今度兵士に頼んでおきましょう…姫君も少しは 身体を鍛えられませんと…」
(王妃様のように、ならないように。)
 心の中でそう付け足したが、その心の声はすでにアリーナには伝わっていたのだろう。一瞬とてもつらそうな 顔をして、それからまた笑う。
 これでは、いけないと判っていた。だが、今のブライはアリーナを避けるためなら、アリーナから王妃の気配を 消す為なら、なんだってやっただろう。

 逢いたい…逢えない…逢いたくない…伝わらない…忘れられない…忘れたくない…忘れたい…


 それから、一月ほどたっただろうか。ブライは、合間を縫って、城を抜け出した。
 サランの町。その教会へ、ブライは来ていた。
(懐かしい…ここへ、ユーナ様と来た事があったな・・・)
 教会の外で、じっと眺めた。若かった、まだ王妃でなかったユーナ。そして若かった自分。 自分の気持ちに、気づかぬふりをしていた頃。
 どうしてここへ来たのか、自分でもよく判らなかった。教会は城にもあるのだが、なぜかここへ足を運んだ。
「お祈りの方ですか?」
 気が付くと、利発そうな少年が立っていた。まだ5.6歳と言った所だろうが、物腰や話し方は 見た目に比べてかなり大人っぽい。
「君は…」
「僕は、ここの神官見習です。ご案内しましょうか。」
 少し考えて、ブライは首を振る。
「いいや、神父…神官長はいらっしゃるでしょうか?」
「お知り合いでしょうか?」
「ああ、ブライと言えば判るはずだ。」
 そういうと、少年は頷いた。
「少々お待ちください。」
 そう言って教会の中へ入り、しばらくして。
「どうぞ、こちらへ。」
 そう言って、ブライを案内した。


「…いらっしゃいましたか。」
 ブライの顔を見て、全てを悟ったかのように言う神父。
「はい。」
「…惜しい方を亡くしました。あれほど尊い方はいらっしゃいませんのに… 神は残酷な事をなさいます。」
 ブライは、縋るように神父に言う。
「王妃様は、自らの死を宿命だとおっしゃっていました。…本当にそうなのでしょうか? これが本当に、神の定めたものなのでしょうか?」
 答えが得られるとはブライも思っていなかった。神父はその言葉を聞き、 とつとつと語った。
「思い出します…かつて、まだあの方が王妃ではなかった頃…ブライ様がここへあの方を 連れていらっしゃいましたね…」
「ええ…」
 忘れられない、懐かしい思い出。何かと言い訳しながら、それでも側にいられることが嬉しかった。
「あの時の、王妃様の尊き行動が私も忘れられません。」
「ええ。あの方は、黄金にも変えがたき心をお持ちでした。」
「おそらく…だからなのでしょうね。黄金の心を持った方に甘えるなと、 私達の戒めの為に、あの方は天に召されたのではないでしょうか…」
「そうですか…」
 つまり、結局は神父にもわからないのだ。神父は続けて言う。
「おそらく、王妃様は自らの務めを終えられたので、そうおっしゃったのです。そして、あの方は おそらく幸せであったと思われます。王やブライ様がいて、後を任せる方がいるのですから…」
「…」
 黙るブライに神父は優しく微笑む。
「礼拝堂にはしばらく、人を入れないようにします。心行くまで祈っていってください。」
 それだけ言うと、神父は教会から出て行った。


 どうして、あの方が…
 何の罪も犯していないあの方が、どうして…
 ブライは神へと祈った。いいや、愚痴ったといった方が良いかもしれない。
 何故このような仕打ちをするのかと。
 何故あの素晴らしい人を殺すのかと。
 どうして、自分の大切な人の、大事な者を奪っていくのかと。
 王妃が死んだことも、王が苦しんでいる事実も、ブライにとっては辛かった。
 そして、想いが告げられなかった事も。
 告げなかったことは、正しかったと思っている。だが、この想いは消えなくて、辛い。
 ただ、それだけだった。

「うう…うっうっうう・・・」
 どんな時にも泣かなかった。けっして泣くまいと思い、心を凍らせた。
 そのブライが、初めて泣いた。世の全ての哀しみを、苦しさを吐き出して。
 ただひたすら愛惜の念を、涙へとぶつけた。


 考えてみれば、アリーナの母親は短い一生を駆け抜けていったわけです。プレイヤーに とって気になるのはアリーナの心情なわけですが、死んでいくお母さんやそれを見守ったお父さんの 心情って、意外と忘れがちだなあ、とこれを書いていてそう思いました。
 酒飲みのシーンはずっと前に考えていたシーンなので書けて嬉しいです。嵐のあとの朝、 それはいつもの朝よりもっともっと美しいものだから。

 
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