〜 18.ブルーオーブ 〜


 小さな村ランシール。その中の見過ごしがちな森の中に、似つかわしくないほど大きな神殿があった。
「はー、立派なもんだ。ダーマといい勝負か?」
「あれとはまた別の役割だけれどね。あちらは修行場。こちらは心の拠り所だそうよ。森の中にあるのは 礼拝者の精神を落ち着ける役割なのでしょうね。」
「……本当に落ち着きます。私、ここ好きよ。」
 クレアがそういうと、ルウトも嬉しそうに笑った。エリンも頷く。
「元は僧侶だものね。神殿に親しみがもてるのは道理だわ。……こちらよ、行きましょう。」
 正面から入り、そのまま臆せずずんずんと進んでいく。クレアもルウトも少し居心地の悪そうに 後へと続いた。
 エリンはざっと見渡し、一番奥にいた一番位の高そうな人物に声をかける。
「青の試しが受けたいの。分かる方はいる?」
 エリンの言葉に、神官はざっと三人を見回す。
「勇者がいらっしゃいましたか。……ここは勇気の試される神殿。たとえ一人でも戦う勇気はありますか?」
「……話は聞いてる。一人で入ってオーブを取って来いってことだろ?オレが行く。」
 ルウトが一歩前に出て、そう言った。
「本当にいいの?ルウト?私が行くわよ。別に勇者でなくても良いのでしょう?」
 エリンの言葉に、神官は頷く。
「世界を救うのは個体ではなく、集団です。そのうちの一人がその資格を持っていれば十分でしょう。 足りない部分は補い合えばいいのですから。」
「オレが行きたいんだ、エリン、クレア。……これがオレの決意だ。勇者になるっていう。」
 ルウトの言葉に、エリンは笑いながら小さく息を吐く。
「分かったわ。気をつけてね。」
「……ルウト、心配だから早く帰ってきてね。頑張って。」
 クレアが暗い顔でそう言うと、ルウトはクレアの顔に顔を寄せる。
「大丈夫だ。オレを信じてくれ、クレア。」
 そう言うと、ルウトは神官に導かれ、奥へと進んでいった。


 しばらく待っていると、神官が戻ってきた。
「あ、あのルウトは……。」
「勇敢に奥に進んでいかれましたよ。しばらくは戻られませんでしょう。お仲間様はどうぞこちらへ……。」
 そう言って椅子に促す神官に、クレアは首を振る。
「いえ、私はここにいます。ルウトを待っていたいんです。」
「ルウトは必ずブルーオーブを取って帰ってくるでしょう?そう心配していては、ルウトを信用していないように 見えるわよ。」
「そんなことないんです。でも……。」
 エリンが椅子に座りながらそう言うと、クレアは戸惑った。それを見て、エリンは優しく笑う。
「信じているなら余裕を持って待ちなさい。それが信頼というものよ。」
 そう言われ、クレアはエリンの横に座った。それでもルウトが行った先が気になるようで、じっとにらむように 見つめる。献身的な愛情とも言えるし、親鳥がいなくなってしまって不安な小鳥のようにも見える。
 そんな様子を見ているうちにふと気になって、エリンは話題を振ることにした。

「そういえば、貴方達はどうやって恋人同士になったの?」
 エリンの言葉に、クレアはきょとんとなった。
「えっと、私と、ルウト、ですか?」
「ええ、出会いが学校なのは知っているけれど、恋人になるのにはきっかけがいるでしょう?どちらが想いを告げたのかとか。 教えてくれないかしら?」
 エリンの言葉に、クレアは不思議そうな顔をする。
「意外です。エリンはそんなことに興味がないかと思っていました。」
「あら、私も年頃の女だもの。一応初恋だって済ませているのよ。」
「そうなんですか?!」
 すごく驚くクレアに、エリンは笑う。
「でも一方的なものだし、あっという間に終わってしまったから語れる事はなにもないけれどね。だからこそ聞きたいのよ。 駄目かしら?」
「いえ……えっと、じゃあ、その……。」
 クレアははにかみながら、少し嬉しそうに語り始めた。


 アリアハンの学校は初等学校と高等学校に分かれる。ほぼ全員が通う初等学校とは違い、高等学校は いわゆる良い家の子供達が、より良い知識を身につけるために、一般的な生活に直接は関わらないような 学問を学ぶところだ。
 より専門的な知識が増えるために数々のクラス分けがされているが、良家がよく集まるために 縁付ける意味でも、交流を持つイベントもよく執り行われた。
「私もルウトも、高等学校に通っていて……私とルウトはクラスも違いましたから初等の頃ほど 顔を見ていたわけではないのですけれど、色々な折に会って……時々お話したりしていたんです。」
 クレアは照れながら話しだす。
「その時に、はっきりとした恋心があったわけではないんですけれど、ルウトは昔からとても素敵でしたし……憧れていたので よく話しかけてくれてとっても嬉しかったんです。時々ダンスを誘ってくれたりもしました。でもルウトは他の 女の子にもとっても人気がありましたから、綺麗な方々に囲まれて、私はほんのちょっと話せただけでも 嬉しかったんです。」
 なんだかその情景がありありと思い出せるようで、エリンは微笑む。
「ではそれまではまだ遠い存在だったのね。今のように近しい存在になったのは?」
「それは……私の、父が死んでから、です。」

 クレアはうつむいた。そっと自分のスカートを両手でつかむ。
「父が死んで、母が変わってしまってから……私はあまり学校に行けなくなりました。それでも昔の生活が懐かしくなって 一度行ってみたんですけれど……皆、私と母のことを知っていて……友達だった子ももう、私とあまりお話してくれなく なりました。先生も、なんだかぎこちなくて……私が楽しかった学校はもう、なくなっていたんです。それで結局 行かなくなって、母の言いつけを守って、色んな訓練をしていたんですけれど……私はあまりそれができなくて、 いつも怒られてばかりでした。」
 体力をつけるために走れと言われても、すぐにへばる。魔術書を読めと言われても、最初はほとんど理解できなくて 家を追い出される。罰として食事抜きだったり、寝る時間も与えられなかったりしたために、クレアはどんどん やつれていき、さらに上手く実行できなくなる、そんな繰り返しだった。
「……そんな時、私がほとんど歩きながら、なんとか走っていると、ルウトが声をかけてくれたんです。最近学校で 見ないけどどうしたんだって。以前と変わらずにそう言ってくれたんです。……私は、嬉しくて、本当に嬉しくて 倒れてしまって……目が覚めたときは、近くの柔らかな草むらの中でした。そして、私に水と食べ物を くれて……それがおいしくて、泣いてしまったんです。」
 父の葬式のあと、ずっと泣かなかった。泣く暇もなかった。心をどこかに置いてきた様なそんな気がしていた。
 ルウトにあって、それがようやく取り戻せた。
「泣いて、ルウトに色んなことを愚痴ってしまって……ルウトは私の話を色々聞いて、それから怒ってくれたんです。 母とか、変わってしまった皆とか。……それから私をかばってくれるようになりました。母の所に抗議に行ったり、 食べ物を持ってきてくれたり、……色々なんですけど。」
 少し困ったような、とても嬉しいような複雑なクレアの表情。それはエリンの目から見ても可愛く、保護欲を そそる。
「そして、……ルウトの誕生日近くのこと、だったんです。旅に出ると。ルウトはそう言いました。」
『世界も魔王退治もくそ食らえだ。けど、クレアを守りたい。……だから、オレが勇者になる!!クレアを守る、勇者に!!』
 ルウトは高らかにそうクレアに宣言し、そしてクレアの手を握る。
『だから、オレの旅に、一緒に来てくれ、クレア。オレは、クレアが……クレアが誰よりも好きだ。 側にいたいんだ。クレア。』
「……嬉しかった。そんなこと、許されないって思った。でも私も、そう言われて初めて気がついていたんです。 ルウトのことをとっくに好きになってたって。誰よりも、何よりも好きだって、そう思ったんです。」


 頬を染めて語り終えたクレアに、エリンは微笑んだ。
「ふふ、ご馳走様。」
「あ、ひどいです、エリン。話してっていったのはエリンなのに。」
 真っ赤になってクレアは抗議するが、エリンは微笑みを崩さない。
「だからご馳走様なのよ。ふふふ。」
 ちりん、と小さく音が鳴る。
「どうやらお帰りになったようですよ。」
 神官が声をかけてきて、クレアは椅子から立ち上がり奥へと走る。

「ルウト!」
「クレア、ただいま。」
 それは泥だらけになりながら、片手にブルーオーブを持ったルウトの姿だった。クレアは迷わず駆け寄る。
「帰ってきてくれたのね?お帰りなさい!ルウト!!」
「こらこら、仲間内で騒がぬように。……ともかく、よくぞ無事に戻られましたね。一人で寂しくはなかったですか?」
 神官がクレアを制しながらそう質問する。ルウトはクレアを片手で抱えながら答える。
「寂しかったに決まってるだろ。」
「では、貴方は勇敢でしたか?」
 神官の続いての質問に、ルウトは一瞬間をおいて答えた。
「……当たり前だろ?!」
「まぁ、それは貴方が一番良く知っていることですね。ともあれ、あなた方はオーブに選ばれました。貴方達の この先の旅に幸多からんことをお祈りいたします。」
 最後に神官はそう言って三人に祈りを捧げた。


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