〜 20.ジパングの洞窟 〜


 ヒミコの最後の一言が余りに怪しすぎると三人の意見が一致し、結局ヤマタノオロチを退治するために、 ヤマタノオロチが出るという洞窟へ、カザヤの案内で向かうことになった。
 山の奥ではあるが、獣道とも見まごうばかりの道はちゃんとある。それでも生贄を捧げる、一年に一度 しか普通は訪れないらしい。
「僕は体を鍛えるために何度も行ってるんだけど、溶岩が凄いから暑いんだ。」
 カザヤがそんなことを行っているうちに、ようやく洞窟に到着する。入ろうとするカザトをエリンは制す。
「ここまででいいわ、カザヤ。ありがとう。貴方は戻ってヤヨイさんを守ってあげて。」
「オレ達が戻るまでよろしくな。あと、終わったら飯でもくれると嬉しいが。」
「頑張ってくるわね。……ヤマタノオロチ……弱いと、いいんですけど……。」
 そういいながら、三人は洞窟へ入っていく。
「気をつけてね、ねーちゃん、にーちゃん!!」
 カザヤの声がそれを見送った。


 カザヤの言ったとおり、入った瞬間物凄い熱気が体を包む。何度も戦闘を繰り返していると、 すでにその何倍も体力が奪われている。
「……これ、モンスターにやられる前に蒸し焼きになりそうなんだが……」
 そう言う横で、クレアが服の首の部分をパタパタしているのが目に入り、そっと目をそらす。流れる汗とあいまって なかなか色っぽかった。
 エリンは不運なことに、モンスターに髪紐を切られてしまったらしい。相当に暑いらしく、手で髪を握り締めた。
「そうね……たまらないわ。けれど逆に考えれば、この暑さに耐性がある魔物は寒さに弱い可能性があるわね。考えてみれば オロチということは蛇なんだろうし。」
「へ、蛇、ですか?」
 クレアが暗い顔をする。エリンは目を丸くする。
「あら、苦手なの?カエルは平気だったじゃない?」
「いえ、カエルもあんまり得意でもないんですけれど……いえ、頑張ります。」
 旅に出た以上、避けられないことだろう。そんなクレアの頭を、ルウトはそっと撫でる。
「クレアは、本当に頑張ってるよ。まぁ、エリンが攻撃呪文でオレが打撃、クレアは回復と補助魔法に割り振りすれば、 クレアはあんま近寄らなくてもいいだろうし。もし出来そうなら攻撃してくれ。」
 そうして三人は、出た敵をエリンの呪文と鞭で打ち払いながら、洞窟の奥まで進んでいった。


「……まぁ、悪趣味だこと。」
「かわいそう……。」
「ひでぇな……。」
 2階の奥。設えられた祭壇の周りには数々の骨が食い散らかされていた。壁に垂れ下がった手錠がなんとも 残酷だ。
 この手錠につながれたまま、巨大な蛇に食われたのだろうか。その光景をちらりとも想像すると震えが来る。
「クレア……大丈夫か?」
 その震えを見て取ってか、ルウトはクレアの肩を抱く。
「多分、もうすぐそいつに会える。クレアはどうする?」
「……行く。ルウトの側なら平気だし……私も、怖いけど、でもこの人達はもっと怖い。」
 クレアはそっと祈りを捧げる。怒りの気持ちは三人同じだった。
「さっさと目に物を見せてやりましょう。」
 その祭壇から右に曲がると、溶岩に大きな橋が架かっていて、そしてその先に、大きな八つの蛇の頭を持つ化け物が こちらを見ていた。
「お待ちかねのようね。……マヒャド!!!」
 エリンの呪文に答え、吹雪がヤマタノオロチを襲う。首のいくつかが凍りつくが、それをなんとか振り払らい、 横にいたルウトに一匹が食いにかかる。その牙がルウトの肩に刺さった。
「べホイミ!!」
 すぐさまクレアがルウトを回復する。幸いそれほど深くなかったのか、傷はなんとかふさがった。
「大丈夫。」
 ルウトもクレアに魔法をかけ、そして立ち上がる。
「マヒャド!!」
 エリンの呪文が再びヤマタノオロチのあちこちに氷柱を突き刺す。大分効いたらしく、ヤマタノオロチは吼えた。 そして、その呪文の持ち主を食わんと口を開けて襲い掛かる。
「これでも、食らえーーーーーーーーーー!!!」

 その首を、力いっぱい蹴飛ばしたものがいた。不意打ちだったからだろうか、その首はまともにそれを食らい地面に へばりつく。
「……カザヤ!!」
 エリンの言葉にカザヤはエリンに頭を下げて、ヤマタノオロチをにらんだ。
「よくも今まで、僕たちの国を苦しめてくれたな!!!」
 その後ろから、ルウトがヤマタノオロチを鞭で打ち払う。その背に大きな傷がつき、そこに
「マヒャド!!」
 エリンが氷柱を突き立てる。そして、
「ユキノねーちゃんの、仇!!!!!!」
 近くにあった首のあごを、カザヤは力いっぱい殴りつけると、その首から何かが飛び出した。
 そして、ヤマタノオロチはそのままよろりよろりと後ろに下がり、そのまま溶岩に飛び込んだ。


「やったか?!!」
 ルウトがその溶岩を覗き込むと、そこには奇妙な渦巻きが巻いていた。それを見て、クレアがわななく
「……なんだか、旅の扉と同じ感じがするけれど……まさか、生きて……。」
 その横で、カザヤはヤマタノオロチが吐き出したものを見ていた。それは緑色に輝く、美しい剣だった。
「……カザヤ?」
「これは、うちの家宝で……ずっと前になくなって皆が探してたら、ヒミコに献上されたって聞かされた。それが、こんなところに ……。」
「……ヒミコが持っていたということ?」
 エリンの言葉にカザヤは首を振る。
「ユキノねーちゃんだ。ねーちゃんはきっと、ヤマタノオロチが良くないものだってわかって、これを持ち出して……多分、一緒に……。」
 カザヤは哀しそうにそう言うと、その剣を持って立ち上がる。
「ルウトにーちゃん。この剣は草薙の剣。悪を討つ剣だ。僕には使えないけど、良かったら使って欲しい。それで。 ユキノねーちゃんの……仇を一緒に討って。」
 そう言ってカザヤはルウトにその剣を渡すと、ルウトはそれを受け取って頷いた。
「ああ、分かった。」
「ごめん、エリンねーちゃん、皆。心配してくれてたのは分かったんだけど、僕がやりたかったんだ。」
 後についてきたことを、カザヤはそう言って謝る。エリンは首を振った。
「いいえ、貴方の気持ちを考えれば当然の事ね。ここまで無事にたどり着いてよかった。それじゃ、行きましょう。 行く先は、おそらく……。」
 エリンが言葉にせずとも分かった。そうして、魔の作り出した旅の扉に飛び込むと、予想通りそこはヒミコの館だった。

「ヒミコ様、どうしてこんなお怪我を……。」
 そう戸惑う男の側で、傷だらけで苦しそうにしているヒミコ。そしてヒミコの声が頭に響いた。
”妾の本当の姿を見たものはそなた達だけじゃ。黙って大人しくしている限りそなた達を殺しはせぬ。それでよいな。”
「ふざけるな!!ユキノねーちゃんを、皆を返せ!!!」
「ほほほ、そうかえ、ならば生きては返さぬ!食い殺してくれるわ!!」
 ヒミコはそう叫ぶと、途端にその姿をオロチに変え、屋敷を押しつぶしながらこちらに襲い掛かってきた。


 エリンの呪文で、クレアとカザヤの打撃で、そしてルウトの草薙の剣でヤマタノオロチは傷つき、そして。
 最後にカザヤがその体に力いっぱいこぶしを入れると、その姿はゆっくりと崩れていった。
 カザヤはそれを見て、目をごしごしとこする。
「……泣かないよ。僕、男だもん。泣かないよ。」
「そうか、偉いな。」
 ルウトが頭を撫でる。カザヤはもう一度目をこすり、にっこりと笑った。
「ありがとう、ルウトにーちゃん、エリンねーちゃん、クレアねーちゃん。皆が来てくれなかったら、ヒミコの姿を した化け物に、ヤヨイねーちゃんは食われてた。僕一人じゃ無理だった。ありがとう。」
「そんなことないわ。助かったわ、カザヤ。強かったわよ。」
 エリンの言葉に、カザヤはにこっと笑った。


 横では事態を把握した館の者達が右往左往している。人も集まりだした。
「みんなに説明しなくちゃ。来て、皆!!」
 カザヤに案内され、着いたところはヒミコの屋敷の次に大きな家だった。
 どうやらそれはカザヤの家で、しかもなかなかに偉い人らしく、簡単なカザヤの話を聞いて、父親が飛び出していった。 そして母親は三人に深々と頭を下げた。
「そうですか、本当にありがとうございました。ともかくお疲れでしょう、何か召し上がられますか?それとも、 お休みになりますか?」
 そう言われ、高ぶっていた体に疲れと、そして空腹が襲う。
「……オレは腹減った。クレアとエリンはどうだ?」
「そうね、食事をお願いできるのなら。」
 エリンがそう言って頷くと、クレアが躊躇いがちに口にする。
「あ、あの……もしあれば、その体を流したいんですけれど……。」
「まぁ、それでしたら、先にお風呂になさってください。その間に食事と寝床の支度を整えておきます。食事の 際に詳しい話をお聞かせくださいね。」
 そうして三人は始めて見る風呂で体を整え、ジパング風の寝巻きを着せられ、そして食事を取った。
 その食事中に、カザヤの父、母、ヤヨイに簡単に事情を説明する。
 魔王バラモスが世界を滅ぼそうとしていること。ルウトの父オルデガが、挑んだが死んでしまったこと。 そしてルウトは勇者として旅立ち、エリンに導かれ、その魔王の城に向かうためのオーブを求めてやってきたこと。そして ヒミコのことだ。
 一通り聞き終えて、カザヤの父は深々と頭を下げる。
「私の息子、娘、そしてこの国をお守りくださり、ありがとうございます。明日の朝にはオーブをそちらに 渡せるように手配いたしましょう。それと、その草薙の剣、よろしければお持ちください。勇者殿の お役に立てるならば……ユキノも救われましょう……。」
 そう感慨深げに言うカザヤの父の言葉に、ルウトは頷いた。
「……にーちゃん達は、明日にはもう行くの?」
「ええ、明日の朝には。」
 エリンの言葉に、カザヤは魚の骨をよけながら、寂しげにつぶやいた。
「……そっか……。」


 タタミに直に敷かれた布団と言うものはどうにもなれなかったが、それでも湯船につかったせいだろうか、 体が温かく気持ちよく眠れた。
 そして、朝。カザヤの父がオーブをルウトに手渡す。オーブはきらりと紫の輝きを放った。
「ありがとう。……あの、カザヤは?」
 そう、ここにはカザヤの両親、そしてヤヨイはいるが、カザヤはいなかった。
 ルウトの言葉に、ヤヨイは困った笑みを浮かべる
「……寂しいから見送りたくないって言っているのです。」
「そう……。お世話になったと伝えておいて。感謝しているわ。」
 エリンがそう言うと、ヤヨイは頭を下げた。
「……いいえ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。」


 船はゆっくりとジパングを離れる。次の目的地はグリーンラッドだ。
 ジパングの村は、ヤマタノオロチから解放された祝いと、そして慰霊の祭りをすると言っていた。それにカザヤは 出るのだろうか。
「薄情だよな。顔ぐらい見せてくれてもいいのによ。」
「せっかく仲良くなったのに、寂しいな。」
 ルウトとクレアがジパングを見ながらそうつぶやく。エリンも船を操縦しながらも、やはり最後に顔が見られなかったのが 心残りだった。
「そうね。せめて直接言いたかったわ。」
「うん、じゃあ、これからよろしくね、エリンねーちゃん、クレアねーちゃん、ルウトにーちゃん。」
 ばっと顔を上げると、船室の屋根の上に、小さな人影が座っていた。それは笑顔でこちらに手を振っている。
「カザヤ!?」
「僕、着いていくことにしたから。よろしく。」
 カザヤはそう宣言して、にっこりと笑った。
「戻りなさい。」
 エリンが屋根に向かって呼びかける。だがカザヤは笑ったまま首を振る。
「嫌だよ、僕、ルウトにーちゃんたちと魔王退治に行くって決めたんだ。だから帰らないよ。」
 カザヤは幼い顔に真剣な表情を浮かべそう言い切った。


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