〜 21.パープルオーブ 〜


 突然の宣言に、四人はのんきに屋根に座っているカザヤをぽかんと見上げる。
 ルウトは少し我に返り、カザヤに問いかける。
「お前家族に言ってきたのか?」
「ヤヨイねーちゃんには言ってきたよ。今頃父さん達を説得してくれてると思う。ヤヨイねーちゃんは賛成してくれたよ。 父さん達は……どう思ってるかわからないけど、でも納得してくれると思う。」
「大体長男なんだし、跡継ぎじゃねぇのか?」
「僕の家は神様に仕える家だし、そういう力は女の人の方が強いんだって。だから 本来は女の人が継ぐんだ。だから跡継ぎはヤヨイねーちゃんだよ。」
 そうきっぱりと答えられ、ルウトは少し考える。
「いいのか?せっかくジパングが解放されて、仲良く家族といられるんだろうに。まだ13くらいじゃねぇのか?」
「14歳だよ。理由を聞かれると色々あるんだけど、ずっと一緒にいるのが家族ってわけでもないと思うんだけど。 一応成人してるんだよ、僕。子供は親から離れて自立するものだよ。まぁ、ちょっと早いかもしれないけど、 その時期を僕が選んでもいいと思うんだ。ルウトにーちゃんたちとこのまま離れるのも 寂しいしね。」
 あっさりとそういえるのは、カザヤが幸福な家庭で育ったからなのかもしれない。それがどうしても、 エリンにもクレアにも理解できなかったが、ルウトには比較的理解しやすかったのかもしれない。
「まぁ、お前がそういうならいいけどよ。オレ達魔王退治に行くんだぞ?魔王はあのヤマタノオロチより強いっつーか…… あいつの元締めだぞ?」
「うん、分かってる。……でもだからこそ、僕達みたいな人達が苦しんでるなんて嫌だし、またあんなのが 出てきても嫌だ。ルウトにーちゃん達がどうなってるかを考えて待ってるだけって言うのは そっちの方が凄く辛い。それになにより、僕エリンねーちゃんに一目ぼれしちゃったから、守りたいなって。」
 にっこり笑って言ったカザヤの言葉に、エリンが目をむいた。


 カザヤの言葉がエリンに浸透するまでに、若干時間がかかった。
「何を、馬鹿なことを言ってるの?」
「変かな?洞窟の中でさ、エリンねーちゃんがヤマタノオロチに立ち向かってる姿がとっても綺麗で、 もっと近くで見たいなって思ったんだよね。髪の色が溶岩に映ったみたいで、凄く幻影的だった。」
 そう真顔で言われ、エリンは口をパクパクさせる。ルウトは笑った。
「おう、いいな。オレはいいぞ、カザヤと一緒に旅をしても。楽しそうだ。」
「わーい、ルウトにーちゃん、よろしく。僕おにーちゃん欲しかったんだよね。」
「そんないいもんじゃないけどな、よろしく。あ、クレアに手を出したらお前でも殴るからな。」
「大丈夫だよ、僕、エリンねーちゃん一筋だから。」
「あ、クレアはどうだ?」
 ルウトに話を振られ、クレアは少し考えて口にする。
「……怖く、ないの?」
「うん、怖いよ。でも何も出来ない方がもっと怖いな。一緒に行ったら駄目かな?クレアねーちゃん?」
 クレアは少し考えて答える。
「カザヤが一緒にいると楽しいし……カザヤが良いって言うなら……。」
「うん、よろしく、クレアねーちゃん!」
 にっこりカザヤが笑う。クレアも控えめに微笑んだ。


 その横で、エリンは静かに、しかし強く言う。
「……帰りなさい、カザヤ。」
「どうして?確かに僕はまだエリンねーちゃんより弱いけど、頑張って強くなるよ。エリンねーちゃんは 僕のこと嫌い?」
 好きだといわれた相手にそう言われると、エリンとしても困るが、勤めて冷静に答える。
「……別に嫌いではないし、そのうち強くなる素質はあるのではないかと思うわ。けれど帰りなさい。貴方の 一番の役目は、やはり家族の側にいることだわ。ジパングもようやく立て直すときでしょう。貴方は 親の力になる義務があるわ。」
「魔王退治だって、僕の家族を守る意味もあるじゃないか。ジパングの建て直しならヤヨイねーちゃんにも できるよ。」
「……貴方は何も分かっていない。もう二度と家族に会えないかもしれない、死ぬかもしれないのよ?!」
 エリンが声を荒らげる。その事実にルウトとクレアは驚くが、カザヤは笑って答える。
「じゃあ、ますます帰れないよ、エリンねーちゃんだって死ぬかもしれないんでしょう?僕、エリンねーちゃん のこと、守りたいもん。」
「そうではないでしょう?!貴方には貴方の死を悲しむ家族がいると言っているのよ!」
 その言葉に、カザヤは立ち上がり、エリンの前に飛び降りた。間近に顔をあわせ、真剣な顔でこう言った。
「エリンねーちゃんは死ぬ気なんだね?」


 カザヤの言葉に、まるで周りから音が消えたように静まり返る。
「でも、僕が死なさない。エリンねーちゃんは生きないと駄目だ。」
「べ、別に私は死ぬ気なんかないわよ……。」
 エリンが戸惑うように言うが、カザヤはずばりと切り込む。
「じゃあどうして、僧侶に転職しないの?もう魔法使いの呪文は全部覚えたんでしょう?魔法使いになってるのは 無駄じゃない。僧侶の方が色々装備も増えるんだし、体も丈夫になるんでしょう?」
「……私は神様が嫌いなの。だから神様に仕える僧侶になるのは嫌なのよ。」
 以前にも言ったエリンの言葉に、カザヤは納得しなかった。
「でもエリンねーちゃんは魔王討伐を目的にしてるはず。そのためにずっとやってきたんでしょう?それが円滑に 進むためなら、神様も、僧侶っていう職業もただの手段だと考えられるんじゃない?勇者を通行証だって 言うエリンねーちゃんならそう考えられるはずだよ。」
「……それは……。」
 言いよどむエリンに、カザヤはいつもの幼い口調で、しかし顔だけは真顔のまま言い募る。
「困るもんね。回復魔法が使えたら。いい装備が着けられたら死ににくくなるもんね。うっかり死んでしまう言い訳が 出来にくくなるもんね。仇を討ちたい。積極的に死ぬつもりはない。もちろんルウトにーちゃん達を巻き添えにするつもりもない。 ……できれば二人をかばってバラモスと相打ちになりたい、かな?」
 そう言いながら、カザヤはずいっと顔を近づけた。

「何がわかるの!!!」
 エリンは叫んだ。まるで悲鳴のように。
「貴方に何が分かるの!幸せな家庭で育って、ずっとそんな素直に生きてきて、私の何が分かるの!!!」
「わかるわけないよ。」
 エリンの叫びを、カザヤはずばっと切り裂く。
「わかる訳ない。エリンねーちゃんがどんな辛い思いをしてきたか。大好きな人たちに育てられて、でもその大好きな 人達は皆朝になれば消えちゃって、自分ひとりだけが取り残されてきたんだもんね。愛する人達が毎日毎日自分を残し て死んでいくのを見せられていったんだもんね。」
 エリンは呆然とする。
 ルウトにかつて地獄と言った故郷。それは周りが皆死んでいるからではない。自分ひとりが置いていかれるのが、 皆が消えてしまうのが毎日毎日、絶え間なく続く。愛する人が死んでいるのだと見せられる……それこそが、 真実の地獄だ。
「エリンねーちゃんの親も、村の皆も、エリンねーちゃんのことを大切にしてくれたんだろうけど、毎日毎日 取り残されて、辛い思いをしてきたエリンねーちゃんの気持ちを、その村を見たことすらない僕が わかる訳ないよ。」
 そう言われて、エリンもルウトもクレアも始めて気がつく。
 カザヤにエリンの境遇など話していない。知らないはずだということに。


「エリンねーちゃんは、育ててくれた人への義理と、命をなくしてからも育ててくれた恩返しに仇を討って、 その後、皆のところへ行きたいのかもしれない。……でもさ、エリンねーちゃんは誰よりも生きないといけないんだよ。」
 三人の驚愕など知ってか知らずか、カザヤはとつとつと話していく。
「ど、して……。」
「エリンねーちゃんが死んじゃったら、村が不幸になるからだよ。」
「……意味が、わから、ないわ……。」
「村が皆死にました。でも一人生き残った。でもその子は仇討ちで死にました、じゃそれこそ浮かばれないよ。でも 仇を討って幸せになりました、だとほら、幸せな感じでしょう?皆、それを望んでる。……エリンねーちゃんの 後ろでずっと見守ってる。」
 カザヤは優しく微笑んだ。
「初めてエリンねーちゃんを見たとき、びっくりしたんだ。もともと幽霊になるのって大変なのに、 それが後ろに、こんなにたくさんいるなんてないよ。しかも僕と目があった途端、もう物凄い勢いで 僕に訴えてきた。だから僕はエリンねーちゃん達が信頼できるって思った。」
「私の……後ろに……?」
 そういえば言っていた。カザヤの家系は人ならざる者が見えると。
「幸せになろうよ。生きてさ。エリンねーちゃんの家族は、村の皆は色んなことを教えてくれて、愛してくれて、 一生懸命育ててくれたのかもしれないけど、一つだけ、どうしても教えられなかったことがあるよね。」
「……なに……?」
「人の温かみ。人の熱が伝える優しさを、伝えることができなかった。それを知らないで、生きていって死んでいくなんて 駄目だよ。……それを他の人から教えてもらってさ、それを自分の子供に教えて行こうよ。そうして エリンねーちゃんが満たされたとき、初めて村が幸せになるんだよ。」
 呆然としていたエリンの目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。そんなエリンに、カザヤが優しく声をかける。
「幸せにならないと駄目だ。人の熱に包まれて、エリンは世界の誰よりも幸せにならないといけないんだよ。」
「あ……ああ、ああああ、ああああ、ふあああああああああああああああああ……。」
 エリンはまるで子供のように大声を上げて泣き出す。
 泣くなんて、何年ぶりだろうか。いつの間にか、泣くことをやめていた。泣けば泣くだけ寂しくなることを 知っていた。誰も涙を拭ってくれない。誰も抱きしめてくれないから。
 けれど、今は。
 カザヤがエリンの肩をそっと抱いた。いたわるように。その手は暖かかった。
 ルウトとクレアの気配が、エリンの側へと近づいた。寂しくないように、側にいてくれているのだ。
 激情に任せて、エリンは涙が枯れる果てまで、ひたすら叫び、涙を流し続けた。


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