〜 26.オリビア岬 〜


「綺麗ですね……。」
 クレアの手の中で、エリックの愛の思い出……石に女性、おそらくオリビアの横顔が掘られた、ペンダントだった。
「クレアはこういうの好きなの?」
 エリンの言葉に、クレアは首を振る。
「そうではなくて……いえ、綺麗な宝石は好きですけど…… それよりも、これのこもった想いがとても綺麗だなって思って……。」
「そうかしら?」
 エリンは愛の思い出をまじまじと見る。 確かにきらきらと輝くこのペンダントは美しいと思うが、クレアが感嘆するほどだとは思えない。
「エリックさんはあの船の中で……奴隷にされてしまって、どんな思いでこれを見ていらしたんでしょう。 ずっと心の支えだったのでしょうね、このペンダントと、オリビアさんの思い出が。……その気持ちが、 少しだけ判る気がして……。」
「そう……もしクレアならどうするの?」
 エリンの言葉に、クレアはきょとんとした顔をした。エリンは少しいたずらめいた顔をする。
「もしクレアのせいでルウトが無実の罪で、奴隷にされてしまって、そのまま船が沈んでしまったら、 貴方も岬に身を投げる?」
 それは、単なる思い付きの言葉。ちょっとした遊びのつもりだった。
 だが、その言葉にクレアの顔は真っ青になる。
「……私が、私のせいで、ルウトが……。」
「クレア?大丈夫?!」
 震えさえし始めたクレアに、エリンが心配になって駆け寄る。以前のように発作でも起きるかと思ったが、クレアは 青い顔でなんとか笑った。
「いえ……想像すると、とてもとても哀しくて……そう、ですね、私なら……私なら……。」
 クレアの目から涙がこぼれる。
「あ、あの、泣かないでよ。こんなたとえ話でしょう?」
「あ、ごめんなさい。そうですね、私は……オリビアさんのように、思い切って死ぬことも出来ずに……きっとずっと 待ち続けるような気がします。死んだことを信じられずに ……毎日海を見て過ごしているような気がします。」
 いやに真面目に答えたクレアに、エリンは苦笑する。
「それは正しいと思うわよ。死体を見るまで信じるのは愚かだわ。」
「でも……オリビアさんが岬に身を投げた気持ちもわかるんです。ルウトがいない世界なんて……生きていても 意味がないですから……。」
 そう言うクレアの顔は、暗いながらもどこかすがすがしいものがあった。
「では、早く会わせてあげないとね。死んでしまっているのは残念だけれど、また会えるのだから。」
 そう笑うエリンを見て、クレアはエリンならどうするのだろうと思った。
 村の全ての人間が死んでいても、こうして仇をとろうとしている強い人。
 そして、……そのまま死んでしまいたいと願っていたという弱い人。
 今は、どう思っているのか、聞いてみたかったけれど、傷つけてしまいそうで、クレアは立ち上がった。

「……そろそろ着く頃だと思うのですけど、……愛の思い出は持っていった方がいいのでしょうか?カザヤには近づけないでくれと 言われていましたけれど……。」
「おーい、もうすぐオリビア岬だぞっと……クレアどうしたんだ?」
 扉を開けた声をかけたルウトが、クレアの側に駆け寄って、頬の涙の跡を拭く。
「どうしたんだ?泣いていたのか?」
「違うの、ルウト。……その、恥ずかしいのだけれど、オリビアさんたちのことが悲しくて……。」
 急いで顔を拭うと、ルウトがくすりと笑う。
「そうか、優しいな、クレアは。エリンも慰めてくれたのか?ありがとうな。」
「いいえ、私はむしろ泣かしてしまった側かもしれないわ。……ねぇ、ルウト。貴方ならエリック達と同じ立場になったら どうする?」
 エリンは小さく笑うと、同じ質問をルウトにぶつけた。
「オレが?そうだな、奴隷になるというか、無実の罪に認定されるまでにクレアを連れて逃げる。もしつかまっちまったら、 船長を人質にとって陸を目指すな。」
 その言葉にエリンがくすくすと笑いながら、愛の思い出を持って立ち上がった。
「まぁ、実際成功するかはわからないけれど、エリックにもそれくらいの気概が欲しかったわね。」


 操舵輪を握ったカザヤがこちらを察してくるりと振り返る。
「遅いよ、ルウトにーちゃんたち。あ、それ僕に近づけないでね、エリンねーちゃん。」
 カザヤの言うとおり、すでに内海の手前へさしかかろうとしていた。
 そのまま船を進めると、今まで穏やかだった海が、突然うねり始め、そしてかすかな歌が聞こえた。
 その余りに悲しい歌声に四人は空を仰ぐ。
「……これがオリビアの呪いか?」
「船が押し戻されているわね。」
 エリンが言ったとおり、その歌に押し戻されるように、船は徐々に岬から離されていく。
「オリビアさん、エリックさんが来ています。聞こえませんか?」
 クレアが声を上げる。だが声はやまない。
「オリビアさん、エリックさんの声が聞こえない?」
「おい、オリビア!!エリックがお前を迎えに来たって言ってんだろ?」
「オリビア、エリックよ。」
 カザヤ、ルウトが声を続けてあげ、エリンが愛の思い出を掲げるが、どうやらオリビアには声が届かないらしい。
「……仕方ないなぁ。」
 カザヤがため息をつく。そしてエリンに手を差し伸べた。
「エリンねーちゃん、それ貸して。」
「これ?大丈夫なの?」
「んー、多分。」
 差し出された手に、エリンは愛の思い出を置く。するととたんにカザヤのその表情が変わった。
「その声はオリビア、オリビアなのか?!オリビアなんだね?」
 姿は確かにカザヤだ。だが、声が違う。そして愛しくも切ない表情は今まで見たことがない。 そしてその途端、歌声がやんだ。
「エリック?エリックなの?」
「オリビア。愛している。ずっとずっと会いたかった!」
「エリック………私の愛しい人……あなたをずっと、待っていたわ。」
「オリビア、僕のオリビア。もう君を離さない!!」
 カザヤ……の中にいるエリックなのだろう。が両手を空中に広げると、カザヤの中から光球が生まれ、空へと舞い上がる。 やがてそれがエリックの形になると、空中に今度は別の光球が生まれ、それは女性の形と変わる。
「エリック!!」
 二人は抱き合うと、そのまま空中をくるくると回り、そして天の彼方へと消えていった。


「ふぅー。」
 カザヤが甲板に座り込む。
「大丈夫?カザヤ。」
「平気だよ、ありがとう、エリンねーちゃん。びっくりした?」
 エリンに手渡されたタオルで額の汗を拭きながら、カザヤはにこっと笑う。
「いきなり何を言い出すのかと思ったわ。でも凄いわね。ありがとう。」
「どういたしまして。でも妬いてくれてたらもっと嬉しいんだけどな。」
「何を言っているのよ。」
 カザヤの言葉に、エリンは苦笑しながらカザヤの額を人差し指で弾いた。


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