〜 38.散開 〜


 四人はそのまま服を着替えて、城から逃げ出した。ドレスはほぼ脱ぎ捨て状態で、化粧を落とす暇も ほとんどなかったせいか、まだ二人とも唇が赤く肌が白かった。
「……ゾーマ……ねぇ……闇の世界って知ってるか?」
 クレアはずっと無言で、ルウトはそんなクレアが儚くて、ずっと肩を抱いていた。
「知らないけれど、ゾーマはおそらくギアガの大穴からきたのではないかと思うわ。」
「ギアガの大穴?」
 エリンの言葉にカザヤは首をかしげる。聞いたことがない響きだった。
「ええ、バラモスの城の東に大きな大穴が開いていたのは見た?あそこがギアガの大穴。異世界につながっていると 言われているわ。……ただし一度行って帰って来た者はいないともされているから、あくまで 噂だけれど。」
「そういや、誰かが全ての災いがどうとか言ってたな……つまり、その大穴に飛び込めってことか?」
 ルウトの言葉にエリンは頷く。
「おそらくね。……行くとするならば、だけれど。一度状況を整理しましょう。」
 エリンがそう言うと、カザヤが頷く。
「さっきのゾーマは大魔王で、その世界を支配してたってことだよね。それで、そのうちこっちもまた支配してくる ってことかぁ。」
「そうね。何も知らない、帰れない世界。関係ないと言えばそれまでだけれど、放っておいたらいつかこちらに 被害が来るかもしれない。ただし、そちらの世界にもそのゾーマを倒すために頑張っている人たちがいるかもしれないから、 完全に無駄足になる可能性もあるわ。」
 その言葉を聞いて、クレアはそっとルウトを見上げる。そして小さな小さな声を出した。
「ルウトは……」
 そして、今までにないことだが、ルウトはクレアのその声を遮った。
「クレアは、どうしたい?」
「……え?」
「クレアは、どうしたいんだ?」
 ぐっと肩に力を込められ、まっすぐにこちらを見つめられる。
 クレアには、それが怖くて仕方がなかった。

 ルウトはいつも、自分の意志を尊重してくれる。ただしそれは、自分の意思を一度明確に示してからのこと。
 まるで全権を任されるような、そんなこと。今までなかった。
 それはまるで勇者に全てを任せる、そんな言葉に思えて。
 全然違う事はわかっているのに、何故だか泣きそうになった。
「私は……私は、そんな、こと……。そんなの、わかりません……。そんなすぐには決められないもの……。 私は、ただ、ずっと……!」
「クレア、ここにおったか。探したぞ。」
 その後ろから、クレアにとってはなじみの声がした。
「……おじいちゃん……。」
 クレアは涙をぽろぽろと流しながら、祖父にすがる。
「おうおう、辛い目にあったな。あれから宴はほぼ解散になったでな。こうして捜しとったんじゃよ。……一度 うちに帰らんか?」
 そう促され、クレアは小さく頷いた。それを見て、祖父は三人に声をかける。
「そんなわけでな、そっちにも事情があると思うがの、一度連れて帰ってもいいか?」
「ええ、私たちにも時間が必要ですから。」
 エリンが頷くのを見て、クレアと祖父は、その場を去っていった。


 それを見送って、ルウトはため息をつく。カザヤはからかうように笑う。
「珍しいね、ルウトにーちゃんがあんな風に言うなんて。クレアねーちゃん、悲しそうだったけど?」
「……分かってる。でもオレはどうしたらいいか、どうしたらクレアを幸せにできるか、わからねぇんだ。旅に 出た頃は、魔王を倒してクレアが勇者としてしっかりしたら……その時はあの母親もクレアをちゃんと見て、 褒めてくれると思ったんだ。……けどな……。今は、ああなっても母親の側にいたいのか、いたくないのか、 どっちが幸せなのか、わからないんだ。」
「母親は、いつもああなの?」
 エリンの言葉にルウトはため息をつく。
「オレもわからねぇ。多分、オレが単純に母親の勇者像に近かった。だからオレは『息子のクレア』で、クレアはクレアで ずっと育ててきた子供だから『息子のクレア』なんだろうな。2人いるっていう矛盾も気にならないみたいだ。」
「はー、ややこしいんだね。よくわからないけど、クレアねーちゃんも、ずっと重かったんだろうね。」
 カザヤが慰めるように言うと、ルウトは小さく笑った。そんなルウトに、エリンは小さく声をかける。
「実際ルウトはどうするつもりなの?」
「オレ?オレはクレアのいるところにいるぜ。まぁ、この街にはい辛いがクレアが母親の側にいたいなら婿養子にでもなるぜ。 幸い次男だしな。旅に出るなら一緒に行くし、異世界だろうがなんだろうが着いていくつもりだな。エリンは?」
 さらりと聞かれ、エリンはうつむいて考える。
「そうね……10日くれるかしら?すぐには決められないわ。10日後の正午、バラモス城から届けられたあの森の中で 異世界に行くつもりなら待っているわ。……それと、カザヤ。」
「何?」
 にこにこ笑っているカザヤに通告する。
「貴方は戻りなさい。着いてきては駄目。」
「どうしてさ?」
「以前にも言ったわ、貴方には愛し愛されている家族がいる。今度はもう、戻ってこられないかもしれないわ。」
「でもエリンねーちゃん、僕は……」
 何か言おうとするカザヤの言葉を遮って叫ぶ。卑怯なカードをあえて切った。
「貴方は私が望んでも望んでも得られなかったものを、簡単に捨てるというの?!!」
 カザヤは何も言わなかった。ただじっとエリンを見た。その空間に耐えられなくなったのか、ルウトがとりなす。
「そうだな。カザヤ、オレからも一つ条件だ。もし一緒に来たいなら、10日間の間はジパングに帰れ。それでちゃんと親と話せ。 できれば説得して来い。難しいと思うが黙って出てくるような真似はするな。ちゃんと会話して来い。」
「ルウト……!」
 エリンが批難の声をあげるが、ルウトはエリンに首を振る。
「カザヤの人生だろ。エリンの気持ちは分かるが、それを押し付けても意味がないぜ。エリンもカザヤもちゃんと考えて から来い。それで、来た人間には文句は言わないってことにしようぜ。」

「ありがとう、ルウトにーちゃん。僕一度ちゃんと帰って、親に謝ってくるよ。」
 にっこりと笑うカザヤに、ルウトの気持ちも癒される。
「ああ、そうしろ。」
「ルウトにーちゃんも頑張ってね。家、帰るんでしょう?」
 重ねて言われたその言葉に、再び肩を落とす。それを考えると気が重いが、カザヤに言った手前一度くらいはあの親と 対話しておくべきだろうと思った。
「……ああ、それじゃ、また会えたらな。」
 ルウトはそのまま背を向けて去っていく。それを見届けて、エリンも呪文を唱えようとするが、その腕をカザヤに 止められる。
「……何?」
「信じられないかもしれないし、信じてもらえないと思うけど、それでも言っておきたいんだ。」
 カザヤは今まで見たこともないほど真剣な表情をしていた。
「……簡単なんかじゃなかったよ。それだけは信じて欲しいんだ。」
 深みのある声。真摯なまなざしに、エリンは何も言わずにただ固まった。
「うんごめんね。それじゃ、エリンねーちゃんも気をつけてね!!」
 カザヤはいつもの笑みを浮かべると、空中にキメラの翼を放ち、ジパングへと飛んでいった。


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