〜 39.エリン・ケイワーズ 〜


 ルーラを唱えて着いたところは、テドンだった。
 ジパングを出た、あの時。カザヤが言った言葉は、ほぼ真実だった。
 積極的に死のうとか考えていたわけではない。けれど、生きたいと思ったこともなかった。
 けれど、それを認めるのはあまりに悔しくて。年下の少年に図星をつかれ、泣いてしまったことが 恥ずかしくて。
 旅の途中から、積極的に考え始めたのだ。旅が終わってから何をするかを。
 ほとんど意地になって考えて考えて……ようやく思いついたのが、墓を作ることだった。

 ここで暮らしている間は、墓を作るなんて考えたこともない。死んでいるのに死んでいない。そんな 皆を本当に死なせてしまうようで辛かったし、なによりも考えたくなかった。せめて皆がいる間、 いない間だけでも思い出したくない。辛い思いをするのは、皆が消える瞬間だけで十分だった。
 ……そんな人たちも、もういない。少なくともここには。
 カザヤに言われてから、何度も鏡越しに話しかけたのだが、なんの反応もなかった。カザヤに 聞いてみても『もう皆は安心してるから、僕にも見えないよ。皆眠ってるんだから。』というばかり。
 それはやっぱり、皆死んでしまったということなのだろう。ならば、ちゃんと安らかに眠れるように お墓を作るくらいは、もうしてもいいと思った。
 10日ではとても全員の墓を作るのは無理だろうが、家族単位ならなんとかなるはずだ。墓も簡単な もので良い。いつか朽ちて、この土地の糧になる、そんな墓で十分だと思った。


 それからエリンは、毎日墓を作った。バギクロスで木を切り、バギを使って削っていく。そして 住民の名が記されているノートを見ながら皆の苗字を書いて十字に立てた。
 作業はあえて昼に行った。夜でもかまわないのかもしれない。もしかしたら夜になったら、皆 いるのかもしれない。そんな期待をしてしまう自分が寂しくて、しんと静まった 昼の中で、ひたすら作業を行った。
 こんなにも、静かな時の中にいるのは、初めてかもしれない。こんなに長い間誰の声も 聞かないことなんてなかった。

 寂しい。
 そう思った。ルウト達がいないというのもあるだろう。このところ、ずっと一緒もいたのだから。
 けれど、それだけではない。
 声がしない。たとえ自分に話しかけてくれなくとも、人のざわめきがあれば寂しくなんかなかったのだ。
 その感情はたとえ熱がなくとも、自分を包んでくれていた証拠。愛してくれた証拠だった。


「なにやってるんだい、一人で。」
 そんな折、ようやく自分以外の声を聞く。誰かは振り向かずとも分かった。
「レット、わざわざここまで来るなんて、物好きね。」
「おや、それはないだろう?魔王を倒したって言うから、祝いに来てやったのさ。何してるんだい?」
 エリンはようやく刻み終えた墓標を持って立ち上がる。
「見て分かるでしょう?墓を作っているのよ。ここの人たちのね。」
「わざわざ魔王を倒し終えて、ここに直行しなくてもできるだろうに。」
 レットが呆れて肩をすくめると、エリンは再び墓を作る作業に戻りながら、首を振った。
「そういうわけには行かないわ。なにせもうここには帰ってこられない予定なのだから。」
 そう言って、エリンは手短にゾーマとアリアハンのことを話した。レットはうなる。
「なるほどね。道理でアリアハンが騒いでいたわけだ。それであの勇者の坊や達はその異世界に行くつもりなんだね?」
 その言葉に、エリンは思わずくすくすと笑う。
「違うわ。」
「なんだい、まさかエリン、あんた一人でいくつもりなのかい?」
「それは分からないわ。あと5日後に異世界に行く人間だけ集まる予定だから。けれどそういう意味じゃなくて、ルウトは 勇者ではないという意味よ。」
「はぁ?どういう意味だい?あいつはまぁ、新しい魔王が現れたとはいえ、一応バラモスも倒したじゃないか。」
「それ以前の問題よ。偽者なのよ、ルウトは。彼は職業的に『勇者』ではないの。 オルデガの本当の子供はルウトではなくて、クレアだったのだから。彼女が本物の勇者らしいわ。」
 レットの唖然とした顔は見物だった。
「なるほどねぇ……驚いたよ。まさか、クレアがねぇ……。」
 ゆっくりと日が暮れようとしていた。エリンはようやく墓彫りをやめ、立ち上がる。
「レット、いつまでいるつもり?」
「そうだね、これが最後のチャンスみたいだしねぇ、朝までは付き合ってくれるかい?」
 酒瓶を見せるレットに、エリンは苦笑した。
「明日に差し支えない程度にね。」

 そしてエリンは今までのこと、誰にも言えない秘密、これまでの気持ちを隠すことなく話し始めた。
 レットは時々茶々を入れながら、それでも優しく聞いてくれた。
「寂しいねぇ。良かったらあんたをスカウトしようと思ってたのにさ。」
「それも良かったかも知れないわね。」
「でもまぁ、最初にあった頃が信じられないほど、いい顔をしてるよエリン。あたしもホッとしたよ。きっと皆も そうじゃないかねぇ。」
「ありがとう。ねぇ、レットお願いがあるの。」
「なんだい?」
「この墓は手入れなんてしないでそのままにしておいて。いつか新しい誰かが、この土地を使うときになった時その 方がきっと良いと思うのよ。」
 エリンの言葉に、レットは笑う。
「あっはっは、そりゃ変な頼みだねぇ。手入れをしてくれってんじゃなくて、してくれるなってか。あっはっは。 わかったよ。でもね、まぁ一度くらいは墓参りにきてやるよ。そうだねぇ、モンスターが元に戻って、今度こそ 世界に平和が訪れたら、ね。」
 そうして二人は、最後にちん、と酒器をぶつけ合った。


 そして9日目。最後の墓に名を……父と母の名を刻む。
 ”ケイワーズ”
 そう書かれている住民ノートを見て、思わずぽつりとつぶやいた。
「……そう、私、そんな苗字だったのね。」
 妙に間の抜けたことだが、今まで苗字など必要なかったのだ。
 こつこつと、その苗字と、父と母の名を刻む。そうして立ち上がり、最後の墓を立てた。


 最後の夜。今までは、日が暮れる前に眠っていたが、あえて今日は起きていた。
 日が沈む、その時を待つ。
 …………………………
 何も起こらない。ただ、エリンがつけたランプが、じじじと音を立てただけだった。
 目が覚めたのは、日が昇ってすぐだった。明るい朝の光を浴びて、村とそしてエリンが作った墓はきらきらと 輝いていた。
 その墓たちに、エリンは静かに話しかける。
「私はこれから、異世界に行くわ。もうここには帰ってこない。たとえこの世界に帰れたとしても。…… 正直に言えば、少し嬉しかったかもしれない。新しい魔王がいたことに。まだ私がするべきことが あったことが、ほんの少しだけ、嬉しかったかもしれない。」
 答えはない。けれど、もしこの場に両親がいてもきっと同じだっただろう。二人は自分の言葉を 沈黙を持って促してくれたはずだ。
「でも、良いわよね。結果は一緒なのだもの。大丈夫よ、私は。……ルウトやクレア、カザヤと一緒にいれば 勝算はあると考えているの。それがたとえ希望的観測でも、それを信ずるに値するだけの人たちだと 思っているわ。」

 黙々と身支度を終え、最後に村を振り返る。
「……ねぇ、約束するわ。必ず幸せになるって。この村の 最後を幸せで終わらせるって。……皆、愛しているわ、ありがとう。」
 言いたい事は全てやった。そう満足のいく10日間だった。
 エリンは微笑んで、そのままルーラを唱えた。
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