どこに行くにも自由だった。
 それが旅のいいところでもあり、悪いところでもある。何もかも自分で決められる。 何もかも、自分で決めなくてはならない。
 勢いは収まったとはいえ、いまだモンスターが出るこの世の中に、旅を続ける二人組がいた。
 一人は大地を舞台に生きていく踊り子。
 もう一人は剣をいまや楽器に持ち替えた楽師だった。

 まるで体の一部のように舞っていた扇が、ゆっくりと下がる。そうして、ゆっくりと音楽が空気に解けた。
 一瞬の沈黙のあと、拍手の洪水がコナンベリーの空に轟いた。
「なんて、すばらしい…」
 そう涙を流すものも少なくはなかった。次々とコインが投げられ、楽師の前の籠はたちまちいっぱいになる。
 人々は賞賛のすべてを尽くし、そしてゆっくりと散り散りになっていった。
「今夜の宿は一等いいところに泊まれそうね、ライアン?」
「…そうだな…マーニャ殿が酒をほどほどにしてくれるならそれもいいかも知れぬな。」
 汗をぬぐいながら言ったマーニャの言葉に、弦楽器をしまいながらライアンが答えた。

 オーリンとミネアが結婚して、2ヶ月が立っていた。二人は互いの生活を切り捨て、世界を旅していた。
 マーニャは町の大通りや、街道で踊りを踊り、ライアンはその演奏をしてお金を稼ぐ生活。それが二人が 選んだ生活だった。
 昨日はアネイル。今日はコナンベリーの街角。
「あんたの楽器も、いい音を出すようになってきたわね。」
「だが、なかなかに難しい。剣と同じだ。」
「同じなの?」
「ああ、剣も力任せに振るっていてはいい音が出ない。力を抜き、剣を腕にすると不思議なことに空を切る 音さえも美しい。」
「なるほどね。わかる気がするわ。」
 ライアンが楽器をしまうのを確認するとマーニャは荷物を持って歩き出す。もうすぐ夕暮れ。そろそろ宿も埋まってしまうだろう。 急がなくてはならなかった。
「とりあえず一等の宿はあきらめましょ。適当でいいわ、適当で。コナンベリーの酒は結構おいしいのよねー。」
 いつもどおりの言葉に、ライアンは苦笑いしながらマーニャの後を歩いた。


「ちょっと飲みすぎたかもねー」
 顔が真っ赤になっているマーニャを支えながら、ライアンは苦笑した。
「だからあれほど注意しろと言ったではないか。」
「だってせっかくおごってくれるのに、飲まないなんて失礼じゃない?」
「健康に悪いぞ。…ミネア殿の苦労が良くわかるな…」
 海風が酒で火照った体を優しく包んでいた。ゆっくりと酔いを醒ましてくれる。
「ねえ、ちょっと港にいかない?」
「…海に落ちぬか?」
「失礼ね!大丈夫よ!」
 ふいっとマーニャはライアンの支えを振り切って走っていった。そしてすぐに建物の影に隠れ……いなくなった。
「ふむ…」
 まぁ、あれならば海に落ちないかもしれない。ライアンはそう思い、潮風が吹く方向へ足を運んだ。


 マーニャの髪が風になびいてきらきらと輝いていた。
「遅かったわね、ライアン。」
「少しは酔いがさめたか。」
 マーニャは港のへりに腰を下ろす。足の先を波がぬらす。
「まあね。風、気持ちいいわよ。」
「そうだな。」
 そういってライアンも腰を下ろした。二人はそのまましばらく、心地よい沈黙に身をゆだねる。

「…あんたさ、どうして旅に出ようなんて言い出したの?あんたはバドランドを大切にしてた。 王宮戦士になることを誇りに思ってたでしょ?」
 波が、マーニャの爪先をぬらす。その感触が心地よいが、あとできちんとシャワーを浴びなければ。 そう考えながら、ライアンの答えを待った。
「…岩のようだったと思わぬか?」
 謎めいた答えだった。


「何が?」
「…王宮戦士というものが。いや、私の生活そのものが…そうだな、ガーデンブルクのあの岩のようだったと。」
「たしかにあんた、頑固そうだしね。」
「いや、そうではない。いや、それもあるかも知れぬが…。王宮というものに腰をすえ、動かず 外敵をはじく様が、岩のようだったと。以前はそんなことを考えたことはなかったが…そう思う。 それは悪いことではないだろう。私とて、不満に思っていたわけではないのだ。」
 ライアンが岩に埋まった姿を想像して、マーニャは噴出した。
「なんだ?」
「なんでもないわよ。それで?」
 マーニャが話を促す。
「…悪くはなかったし、性にもあっていたと思うが…そこからの発展は望めないと思った。… おぬしの踊りを見て。」
「あたしの?」
「ああ。以前…初めておぬしの踊りを見たときだ。おぬしは風と踊っていた。…初めて風などと言うものを意識した。」
 ふわりと、潮風に吹かれる。
「状況や戦いの条件として、風を意識したことはあった。だが…風そのものを『見た』のは初めてだった。」
「風を見たって…風は見えないでしょう?」
「あの時、そなたは布を持っていた。布が、風の動きを見せてくれた。そのときに、初めて思ったのだ。 見えないものが存在しないなどと言うことはないのだと。」
 マーニャは黙ってライアンの横顔を眺めていた。
「よく、あんな昔のこと、覚えてたわね?」
「…おぬしは、忘れてしまったのか?」
 その顔が妙に寂しげに見えて。…かわいく見えてしまって、マーニャはくすりと微笑む。
「さあね?どうだと思う?」
 ライアンはしばらく考え込んだ。そして、
「…初めて私が踊りを見せたときは、そんなに昔だったと思うか?」
「あんた、嫌なやつよね。」
 昔だと言った時点で、すでに覚えていると言ったも同然だった。
 …忘れない。忘れられるわけがない。…初めて、誰かの胸で泣いた日のことを。


「目に見えないものなど、取るに足りないものだと思っていた。人の心や感情など、無為なものだと…」
 確かなものは、目に見えるもの。目に見えるものしかつかめない。つかめないものは…手に入らないのだから、 自分とは関係ないのだと思っていた。
「旅に出たときも、いるかわからぬ勇者を探すなど、愚かな行為だと思う時もあった。だが… その旅を続けられたのは、形のないものを、友から受け取っていたからだと…そう思えた。」
「あの、美形なホイミスライム?」
「ああ。それともう一人だ。」
 死んでしまった、気にかけてくれた同僚。助けられなかった…それは今も苦い記憶。
「…分かるわ。なんとなく。」
 表情を見て取って、マーニャが今のライアンと同じ目でこちらを見る。
「…存在価値を探していた。生きる意味を探して来た。…だが、それは目に見えるものでは ないのだと…そなたが教えてくれた。あの時の、風と同じだ。」
 自分に吹く風を感じて、ライアンは目を閉じた。
「…目に見えないからこそ、人を幸福にすることができる。…風が花の匂いを我らに届け…春の気配を感じるように。 そういう者に、なりたいと思ったのだ。」

 そこまで吐き出し、ライアンは自信なさげに首をかしげる。
「いや…理由になってないな。…なんと説明していいのか…」
「いいんじゃないの?それで。」
 マーニャが笑って立ち上がる。気持ちよさそうに伸びをした。
「なんか伝わったわよ。形にならない…言葉にならない思いって言うのがね。」
「そうか?」
「そうよ。ほら、こうやって居場所を持たないで旅するのって、風来坊って言うじゃない?」
「そうだな。」
「居場所なんてないし、保障なんてないけどさ。どこにだって行くことができるわ、あたしたち。…それって風になったってことよ、 あんたの望んでいたとおりにね。」
 いっそう強い海風が、二人を包んだ。
「…踊ろうかな。」
 マーニャがそうつぶやき、走り出した。ちょうど波止場の荷積み場にステージ場になったところがあった。
 ライアンは少し苦笑をして、無言で楽器を取り出す。
「あんたも、弾くの?」
「今は花もない。…あのときのように見えはしないが、おぬしの踊りに彩を添えよう。」
「…音の花びらってわけね。いいじゃない、あんたの音色、思う存分風に乗せて頂戴。」
 マーニャの言葉に、ライアンが笑う。マーニャも笑った。

 ライアンの持つ洋琴が鳴り、マーニャの体がゆっくりと動き出す。
 二人は、港に吹く海風に踊りを、音を載せた。
 二人の人生が、風と共にあるように。
 二人の人生が、風の幸福と共にあるように、祈りながら。


     あとがき


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